タクシーへ向かう金本を呼び止めて
約1時間後。いきなりタクシーが店の近くに停まる。迎車。お会計とか、そろそろ帰るとか、なんの気配も無いまま、いきなり。さっきまでの談笑が嘘のように、想像を絶する早さで帰路につき始める金本たち。ヨシ、もうここしかない。意を決した俺は席を立ち、タクシーに向かう金本を小走りで追いかけた。しかし声をかけても「おう」と小さな声で言うだけで、目線も合わせず早足で歩き、明らかに面倒臭そうな対応。俺たちが気づいていることも分かっていたのだろう。はい来た。声かけてきた。そんな感じで、金本は足早にタクシーへ向かう。
無理か? いや、このチャンスを逃してたまるか。まずは深呼吸。そして意を決し「じつは……去年の神宮でバックネットから広島弁で野次ったのワシなんです!」。少しの沈黙。すると、急に金本の足が止まった。そして間髪入れず「お前か!」。さっきまで目線も合わせずタクシーに向かっていたのに、驚くようなリアクションと共に、立ち止まって俺の目を見たのだ。
正直「まだ怒っていたのか」と焦ったが、引き続き当時の話をして改めて謝る。すると、金本の口から意外な言葉が。驚いていたような表情が一気に和らぎ「ワシも悪かったのう」と、俺の肩を優しく叩いた。そう、金本は怒っていなかったのである。なによりあのことを覚えていて、俺が謝り、金本に謝られた。ちょっと待てよ。これ、互いに謝った形になったから……いわゆる手打ち? よし。こうなったら。調子づいた俺は、酒の勢いによって勇気を増幅させ「もしよければ写真を……」とリクエスト。さすがに調子に乗りすぎたかなと思ったが、金本は「写真」の「写」くらいのタイミングで「おう、ええで。撮ろう撮ろう。おい、お前!」。そう言って俺が出したデジカメを一緒にいたスタッフらしき人に手渡した。パシャッ。すると「お前、酔うとるのにちゃんと撮れたんか? もう1枚じゃ!」。金本から、まさかの2枚目リクエスト。俺は金本に「明日はライトスタンドから金本さんだけ応援します!」と言った。金本はタクシーに乗りながら、笑う時によく見せる、目尻にシワを寄せた顔。その笑顔で「おう。打ったらゴメンのう」と手を軽く挙げ、タクシーで去って行った。それを見送り興奮しながらデジカメを確認すると、そこには満面の笑顔の金本が写っていた。
昨シーズン、阪神の監督だった金本は成績不振を理由に辞任。その少し前、金本を野次ったファンに金本がキレたという旨の動画がSNSで拡散され大きな話題を読んだ。一部しか公開されていないし実際の野次は入ってなかったから真相は分からないけど、もしあの場で金本を野次った人がいるなら、きっと後悔しているはずだ。それがきっかけで辞任したわけでもないだろうが、俺と同じように、どこか心の中に引っかかるものが残っているはずだ。だから俺は、その人がどこの焼肉屋で……いや、焼肉屋である必要はどこにもないのだが、是非とも俺のように再会してほしい。冗談めいた表現だけど、本気でそう思っています。俺が「打ってくださいよ!」と言った瞬間の表情、そして偶然の再会を果たし、ちゃんと対応してくれ、笑顔で写ってくれた2枚の写真。そこに“アニキらしさ”が表れてると思うんですよ。とても人間くさい金本知憲の魅力が。
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