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滝乃家(北海道・登別温泉)――まるで硫黄泉のセレクトショップ

 雪の庭へと分け入るように露天風呂へと入る。硫黄の香りがぷーんと漂い、青白い温泉の中へ身を沈めると、じわーっと湯のぬくもりが染みてくる。はらはらと雪が舞い、あたたかな湯の中に溶けて消えていく様子をぼんやりと眺めながら温泉に浸かる。雪の温泉の喜びがここにはある。

「滝乃家」の温泉は、硫黄泉のセレクトショップのような楽しさがある。4種類の源泉は、酸性、弱酸性、中性とpHも違うし、硫黄と鉄とか、食塩とラジウムとか、ミネラルのバランスが異なるので、色も香りも感触も違う。同じ硫黄泉でもこんなに違うものかと、温泉の新しい楽しみが広がる。

 大浴場では、2つの源泉を隣り合わせの湯船で入り比べができる。右側は登別温泉の地獄谷に湧く共同源泉で、酸性の硫黄泉。程よい刺激と血行促進作用で肌と体をきりりと活性化する。左側は自家源泉でラジウムを含有する硫黄泉だ。血の巡りが良くなり体の芯まで温まる温泉だが、やわらかな肌触りで癒される。

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 最上階にある「雲井の湯」は正面に大きく開口した半露天風呂だ。雪景色が絵画のように切り取られて、湯面の水鏡にも映る。白い世界にゆらゆらと白い湯煙が立ち上る。この場所で湯浴みをするだけで身も心も美しく磨かれるような気がする。

半露天では雪景色がまるで絵画のようだ

冷凍では味わえない「活き毛蟹」の旨味

 滝乃家は1917年に割烹料亭として創業した歴史をもつ美食の宿でもある。たとえば毛蟹。「なかなか難しくなってきておりますが、なるべく活き毛蟹をお出しするようにしています」と女将の須賀紀子さんはいう。

 北海道内で産地を変えて仕入れることで、できる限り活き毛蟹をその日に茹でて出すように努めている。活き毛蟹が冷凍ものとは圧倒的に違うのが、甘くとろける蟹みそと、ぷりぷりと輝く真っ白な蟹の身。ぎっしりと詰まった身には旨味が凝縮されている。本当に美味しい毛蟹の魅力をこの宿の心意気とともに、ぜひ味わってみていただきたい。

 この宿には総料理長とシェフがいる。和と洋の粋を極めた両者が刺激しあうからこそ、極上の食材に新しい提案が生まれるのである。

 北の食卓はお造りも楽しみだ。鮑、マグロ、平目、ぼたん海老が鮮やかに盛られた皿の隣に何かある。ふわふわの泡は、醤油のエスプーマだった。鮑に本わさびをちょっとのせ、泡の醤油をのせて味わう。すると、新鮮な鮑の甘い味わいがまず舌に広がり、その後でわさびと醤油の旨味が混じりあう。これは、新しい驚きだった。泊まるたびに、「やられた~。こうきたか」とうれしくなる料理に出会えるのが楽しみな宿だ。