私は宿に泊まる旅が好きだ。毎日毎日、洗い立てのシャツみたいに、ぱきっとすべてを整えてゲストを迎える「宿」という場が好きなのだ。

 旅人の人生になって13年がたつ。毎年200日以上旅にでかけ、1年の半分は宿で眠る。旅行作家として旅の記事を書き、また、旅に出る。そんな日々を過ごしながら出会った感動の温泉宿について、思い浮かぶままに書いた。

 今回は、その中でも一度は訪れてほしい「絶景宿」を厳選して紹介したい。

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感動の温泉宿100』(文春新書)。
「美肌の湯に浸る宿」「ぷくぷく自噴泉のある宿」「雪景色が素晴らしい宿」など、12のカテゴリーから、あなたにぴったりな宿が必ず見つかる!

赤倉観光ホテル(新潟県・妙高赤倉温泉)──何度でも見たくなる雲海とご来光

 ここに泊まった時は、朝早く目覚ましをかける。それは宿でいちばんの瞬間に出会うためだ。

 創業は昭和12(1937)年、標高1000mの妙高山の中腹に高原リゾートホテルが誕生した。創業者の大倉喜七郎氏(大倉財閥2代目総帥)はこの場所から眺める絶景に惚れ込んだという。

 正面には斑尾(まだらお)山を中心に連なる山々、右手には神秘的な野尻湖や黒姫山、左は遥か遠くの佐渡島まで見渡せる。その眺めをゲストがいつでも独り占めできるようにと、視界に入る範囲の土地をすべて買い取った。だからこそ手に入る開放感は、まさにこの宿に泊まらないと味わえない絶景なのである。

 目覚ましの時間は、日の出より15分くらい前がいい。起きたらすぐにカーテンを開けてテラスへ向かう。もう空が茜色に変わり始めていた。「やったー!」。今日こそご来光を拝めそうだ。昨日の雨でしっとりと潤った森が目覚め始めている。空が次第に明るくなってくると、雲海が浮かび上がってきた。さあ、いまだ。源泉をたたえた天空の露天風呂へ、どぼん。これ、これ。これがやりたかったのである。

露天風呂付客室から眺める見事なご来光

“策略”にまんまとはまったことを幸せに感じ

 朝、茜色に染まる空と雲海を見下ろして、源泉かけ流しの温泉に浸かり、遮るものがない絶景を独り占めしてご来光を待つ。この瞬間に出会うためにここへ通うようになった。

「一度は眺めてみたい」とやってきたが、ひとたび感動を味わってしまうと、「もう一度見たい」と思ってしまう。こうして大倉喜七郎さんの“策略”にまんまとはまったことを幸せに感じ、その意図を見事に引き継いで、素晴らしい露天風呂があるスパ&スイート棟を新設してくれた現在の「赤倉観光ホテル」に感謝したいと思う。

 温泉は館内すべて源泉かけ流し。カルシウム・ナトリウム・マグネシウム─硫酸塩・炭酸水素塩泉。微細な湯の花がふわふわと舞い、ほんのりと硫黄(いおう)が香る。ミネラルバランスが絶妙で、肌をなめらかに整え、しっとり潤わせてくれる、至れり尽くせり系美肌温泉だ。