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「ママっぽいママ」と「ママっぽくないママ」を分断

 確かに西武そごうとロフトは、言葉で説明不要なくらいビジュアルが衝撃的なので、炎上のスピードも延焼の範囲もやばかった。しかしです。西武そごうは一応、「女とは?」という問いに向き合おうとしていたとは思うのですよ。間違ってますけど。ロフトも使い古された手法ながら「女の友情」を喚起しようとはしていた。間違ってますけど。

表参道駅の柱にも ©文藝春秋

 その観点で言いますと、Domaniの広告は上2つとは全く異なるものなのです。まず「かっこいい=男っぽい」という確固たる思想が根底にある。答えがそこにもう存在してしまっているんです。それは裏返って「かっこよくない=ママっぽいもの」となり、徹底的にそれを排除しようとする。「ママっぽいものはダメ」と決めつけ、その基準で女たちを分断しにかかるのです。西武そごうとロフトが雑ながらも「女同士の連帯」を促そうとしていたのに対し、Domaniは「ママっぽいママ」と「ママっぽくないママ」という階層で女たちを分断して、その最上級に「オス」を置いたってわけ。この巧みな「分断」が、西武そごうやロフトの時のように女性が一枚岩で批判することを上手に防いでいるのではないでしょうか。

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 さらにもう一点。先の2つの炎上が強い「第三者からの押し付け」をイメージさせた一方、Domaniは絶妙に「当事者性」を醸し出しているところ。フレーズに「読者の声」を感じさせれば、「ああ、そういう人もいるよね」しか言えなくなりますもん。青汁の「個人の感想です」と一緒。その辺りは見事ですよ。まさに女性誌文化の為せる技。「(正直、ママ友同士のつきあいが苦手…。)」とかね、ここだけ( )にして「大きな声では言えないですけど」感出してますけど、実際表参道にでっかく印刷されてますから!!

でっかく印刷されてます ©文藝春秋