もともとアスキーで雑誌編集者として活躍もし、紙とデジタル両方のメディアを経験してきたSmartNewsの藤村厚夫さんは「21世紀型メディア産業はまだ始まっていない」と語ります。それってどういうことですか? スマニュー特製のおやつをいただきながら、話は弾んでオフィス内にある書斎にも案内してもらいました。

――コテコテのコンテンツ重視派である文春は、いわばSmartNewsの対極なのかも知れませんが、もし藤村さんが文春オンラインの編集長になったとしたら、どんなことをしますか?

 

 まず、そんな重荷は背負わないですね(笑)。ただ経験上いえるのは、文春さんには版元、書肆の立場があり、コンテンツを大事にする精神、もっといえばネイチャーがあるはずです。その傾きは自然なことですが、受け取るユーザーの体験は、必ずしもコンテンツだけで成立しているわけではないですよね。PCなのかモバイルなのか、通勤電車なのか自宅なのか、一人のユーザーのなかにも多様な文脈があって、そこに刺さるものをユーザーは「おもしろかった」「よかった」と言っている可能性がある、ということです。

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 たとえば天気予報は、美文で書かれたすばらしいコンテンツである必要はありません。それよりも家を出る瞬間に「雨が降るから傘を持っていきましょう」と教えてくれたほうが、ずっと価値が高くなる。

 「週刊文春」は木曜日発売ですよね。たとえばそれが毎夕、新しい記事が読めたとしたら、読者にとっての価値はどう変わるのか。送り手側の価値ではなく、受け手側の価値、嬉しいと思う体験はさまざまなので、コンテンツ以外の要素が果たしている役割を再考してみる意義はあるような気がします。

 

――快適さや便利さへの目配せはあまり考えてこなかったと思います。

 そうですよね。これは批判ではなく、そういうものなのだと思います。メディア企業の経営者、編集者、記者とこれからどうするか、という話になると、必ず「もっと頑張っていい記事をたくさん書きます」という返答になるんですよね。ただ、むしろ量を絞ったり、ユーザーにマッチした発信をしたり、コンテンツ専業ではない人の視線を入れることも、重要になる気はしますね。

――なるほど。記事を料理とすれば、料理の質を高めるだけでなく、お皿や食べるシチュエーションをもっと意識すべきだと。

 そうですね、メディアは体験である、ということが大事なのだと思います。この季節はこってりしたものよりもあっさりとした記事を出そう、みたいな工夫で伸ばせる部分はあると思うんです。「体験的価値」という言葉は本当に言い得て妙で、コンテンツの価値は作品的な価値だけではなくて、それが差し出された瞬間の嬉しさとか、そういうことも含まれると思います。

 同じ記事を文春オンラインさんで読むのと、SmartNewsで読むのとでは違う体験になるからこそ、意味があると思うんですよね。「Number」のコンテンツが優れているのは誰しも認めるところですが、あの記事を読者はどういうとき読みたいのか? というところに可能性が眠っているはずなんです。

「社内で読書会して、みんなで冊子作ったんですよ」
「『みちくさ』という冊子です。アラン・チューリングのことを書いてます」

 邦画の復権がいわれていますが、映画館で見るというのは考えれば考えるほど凄まじい体験ですよね。足を運ばせて、暗い部屋に1時間半から2時間以上閉じ込めて、携帯の電源も落とさせて、ほかのコンテンツにまったく触れさせないわけです。この体験の強度、没入感はものすごい。

 このように体験への戦略はいくらでもあって、メディアに問われているのは、どういうシチュエーションのどういう人に、どういう形で売り込みたいのかという意思なのだと思います。たとえば今後、ニュースを扱うメディアがユーザーに与える「体験」とは、どこにいても必要な瞬間にピタッと送り届ける方向なのかも知れません。

――マネタイズの問題についても教えてください。SmartNewsさんは広告モデルとのことでしたが、新しい技術が出てくればモデルが変わる可能性もありますか?

 集中的に勉強しているモデルはありますね。ひとつの可能性ですが、私は本というメディアは、ちゃんと売れるものとして再興できると思っていて、個人としても会社としても研究しています。どうなるのかはまだ申し上げられませんが(笑)。

 

――ユーザー課金は考えませんか?

 個人的な見解ですが、コンテンツ体験をしようと思った瞬間に「待った」がかかって課金システムに誘導されていくのは、なんとなく好ましくないなと思っているんです。コンテンツを読むことを阻害しない課金の仕組みを作れればいいなと思いますね。

 新聞も雑誌も、印刷という制約を超えた空間が用意されたところに、格段に読者の規模が広がるポイントがある。それをいかにお金と結びつけていくかが課題ですね。ユーザーから見て、課金を許せる瞬間はそんなに多くはないので、どのタイミングで作るかが大事だと思います。