思う存分やってもらう空間にしたら、不思議なオフィスになった
――藤村さんのフェイスブックを見ても本に関わるお話がとても多くて、ネットよりも紙に親和性が高いのではないかと思えるのですが(笑)。
そんなに読めてはいないんですけど、最近では「現代詩手帖」の編集長をされていた樋口良澄さんの『鮎川信夫、橋上の詩学』(思潮社)はとてもおもしろかったですね。僕自身の読書体験は若い頃からあまり進歩していなくて、鮎川さんは僕にとっては空前絶後の現代詩人なんですが、鮎川さんを上回る人に出会えていないんです。
――詩がお好きなんですね。
詩は大好きですね。あとは折口信夫をもういちど読み込んでみたいです。若い時に全集を端からすべて読んだのですが、今読めば違う発見があるのではないかという気がします。
――大学では文学研究を専攻されたんですか?
全然違うんです。経済学部だったんですけど経済は全然勉強していなくて、所属したゼミは大本教などの新興宗教がテーマでした。神道もそれなりに研究したので、そこから折口にも関心が向きました。折口はああ見えてもかなり論理的で、西欧的な人だったと思います。海外の文献も読み込んでいたのではないかと思います。
でも、この本を読んで人生が変わったというような、格別な体験はしていないと思います。太宰も好きで全集で読んでいますが、ほかの作家や詩人も考えてみると全集で読むことが多いですね。
――最近見た映画でおもしろかったものはありましたか?
映画はほとんど見ないんですよ。そこを追及されるとまずい(笑)。ここ1年くらいで……ジミ・ヘンドリックスの伝記映画「JIMI:栄光への軌跡」を見ました。
――好きなおやつは何かありますか?
オフィスの中にカフェがあるんですが、3時になるとコーヒーと「ヘルシーおやつ」を出してくれるんですよ。糖分が足りなくなってアイデアが枯渇する時間帯に、糖分控えめの米粉マフィンとか豆乳プリンを出してくれるんです。これは共同CEOの鈴木健(株式会社スマートニュースの共同創設者の一人。電子貨幣や情報工学の研究者としても知られ、著書に『なめらかな社会とその敵』)のアイデアですね。オフィスからのインスパイアを彼は重視していて、パーティションもなるべく作らずに、お互いに話が漏れ伝わってくるようなコミュニケーションを意図しています。
エンジニアは芸術家のようなところがあって、アウトプットのペースが一定ではないんですね。何かが閃いてどんどん進むときもあれば、はっきり停滞するときもあります。いい状態に入ったら、阻害されることなくその時間を使わせてあげたいんですね。リラックスしながら立ち話できる空間と、集中できる空間をメリハリをつけて配置しています。実はこれはエンジニアに限った話ではないと思うんですけどね。
社内でテーマを決めた読書会をやっていて、ここ1年はアラン・チューリング(コンピュータの誕生に大きく寄与した数学者)の勉強会をやっていました。会議室にチューリングの書棚を作り、読書会が終わったところで冊子も作りました。
――趣味の部分も相当に没入してやってしまうのですね。仕事もハードワーカーなのでは?
いえいえ、休みの日は昼寝ばかりしています(笑)。仕事でも朝は8時半くらいには出社しますが、夜7時までにはたいてい帰ります。エンジニアはどうしてももっと遅くなってしまうんですが、全体に無理のない働き方をしてもらうように配慮はしています。とはいえノッているときには、思う存分やってもらえるような環境を用意したいと思ったら、こんな不思議なオフィスになってしまいました。
ふじむら・あつお スマートニュース株式会社 執行役員、メディア事業開発担当。1978年法政大学経済学部卒業。90年代に、株式会社アスキー(当時)で書籍・雑誌編集者、日本アイ・ビー・エム株式会社でマーケティング責任者を経て、2000年に株式会社アットマーク・アイティを起業。その後、合併を経てアイティメディア株式会社代表取締役会長。2013年より現職。
写真=榎本麻美/文藝春秋