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医療従事者の行動としては信じがたい話

 それなのに、なぜこのような判決が出たのか。司法担当記者が次のように説明する。

「医師の説明では、A子さんの両胸を触診し、乳頭分泌物をチェックするために左右の乳首を両手でつまんだこと、両胸が露出した状態のA子さんを挟んで、マスクを着けない状態で助手と打ち合わせしたこと、午前中も多数の患者を診療しながら、起床時の身支度以降、本件手術直前まで一度も手洗いしなかったなどと述べている。

 彼は日頃から、ヒゲを抜く癖、ニキビをつぶす癖、よくくしゃみをするので口を手で拭う癖があるが、それでも手を洗わないと証言しました。裁判所も指摘していることですが、医療従事者の行動としてはにわかには信じがたい話です」

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 その反面、A子さんの事件時の説明は「一貫しており、迫真性に富み、信用できる」とされており、「被害者の証言の信用性はなお肯定されるとも思われる」としている。以下はA子さんの事件時の説明である。

「ベッドの左側から右の衣服をめくられ、さらに左の衣服もめくられ、胸に違和感を感じて目を開けると、被告人が左乳首を舐めたり吸ったりしていた。乳首や乳輪の辺りをすごい吸いつくようにかぷっと舐めたり吸ったりしていて、よだれとかもべちょべちょで、すごく気持ち悪かった。やめてほしかったので、起きる演技をして、握らされていたナースコールを何度も押した。担当看護師が入ってくると、逃げるように出て行った」

A子さんの証言をもとにした事件時の状況。この病室には、カーテンで区切られたベッドが4つ置かれていた。
医師はA子さんの「右胸の傷を見る」と言いつつ、あえて傷から遠い左側の乳房の方に立って、A子さんの着衣をめくったという ©文藝春秋

 A子さんは事件時に次のようなLINE(いずれも原文のまま)を上司に送っている。

「たすけあつ」「て」「いますぐきて」(いずれも15時12分)

 さらに15時21分には「先生にいたずらされた」「麻酔が切れた直後だったけどぜっいそう」「オカン信じてくれないた」「たすけて」といったメッセージも送っている。

「疑わしきは被告人の利益に」

 警察に110番通報したのは、この上司だ。A子さんは証拠を残さなければならないと思い、看護師が体を拭こうとするのを断り、乳首付近をそのままにしていた。

 ところが、A子さんの証言は「麻酔覚醒時のせん妄により、幻覚を見たかもしれない」ということにされてしまったのだ。ここがこの事件の争点のひとつで、弁護側も検察側もそれぞれ証人を呼んだが、専門家同士でも意見が食い違っている。

現場となった足立区内の病院

 弁護側の証人だった麻酔科医は「被害者に投与されたプロポフォール(全身麻酔や鎮痛剤に用いられる化合物)は通常の倍の量であった一方、ペンタゾシン(非麻薬性の中枢性鎮静剤)の量は非常に少なく、せん妄に陥りやすい状態であったといえる」と証言した。

 また、検察側の証人だった麻酔学の専門家は「被害者の年齢、麻酔薬の種類や量からいって、被害者がせん妄になっていた可能性は低い」と証言した。だが、裁判所は「検察側証人の証言が、弁護側証人の証言を上回ることは認められない」として、検察側証人の証言を退けた。

 その結果、「そうすると、いささか決定打には欠けるが、『疑わしきは被告人の利益に』の観点から、唾液の飛沫が乳頭付近に付着する可能性があるということになる」(判決文より)と判断されたのだ。