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「な、な、なにこのコラボ……」心地よい自虐作『翔んで埼玉』が翔べなくなった日

サブカルチャーの理想が、スクリーンの外の現実に敗北した

2019/03/21

『翔んで埼玉』の“翔び方”とは別物だったはず

 でも映画を見た観客としてこれだけは言える。『翔んで埼玉』の公式アカウントが「な、な、なにこのコラボ!!!そういえば#高須先生もいつも翔んでいらっしゃいますもんねぇ…。 」と高須クリニックとのコラボ企画を紹介する時、僕たちの心はもう翔んではいない。差別のシステムを透視図法のように寓話で解き明かし、分断された階級意識の中の対立、そして革命後のビジョンまでもナンセンスな笑いの中で語る鳥のような視点はもうそこにはない。


「高須先生もいつも翔んでいる」と公式は語るが、『翔んで埼玉』を見ている時に感じたあの懐かしい浮遊感、作品が描かれた80年代の文化を彷彿とさせるパロディとパスティーシュ、価値相対主義の最も良質な部分は高須院長の『翔び方』とは別のものだったはずなのだ。そんな所には着地しない、もっと高いところまで上り、遠くまで心を翔ばすという約束のもとに、僕たちは沖縄や福島という、寓話でもなんでもなく東京中心主義の犠牲になっている多くの地域のことをいったんおいて、関東一都六県のファッショナブルな差異を題材に差別の構造を語る『翔んで埼玉』という物語を見ていたのではなかったのか。

ヒットから魔のコラボは平成史の早回しに見えた

 映画『翔んで埼玉』が公開された2019年2月22日から、映画が予想を覆す大ヒットを見せ、そして高須クリニックとのコラボが発表される3月13日までの1ヶ月に満たない時間は、まるで80年代に花開いたサブカルチャー、価値相対主義の理想が現在の政治状況に飲み込まれるまでの平成史を早回しするように見えた。

 何よりもまず自分自身を疑い、自分自身を笑うはずだったあの文化が(今回の『翔んで埼玉』は埼玉県で最もヒットしたそうだ)いつの間にか自分の属性を全肯定してくれる出鱈目な政治性を乱立させ、仲間に所属しない他者を嘲るようになるまでの30年間。かつて名作を生み、天才と呼ばれた作家たちが不況と経済構造の中でなすすべなく社会の波に飲み込まれていく平成史。