バレンタインで子どもの「友チョコ」作りに駆り出される母親
──昔に比べると、母親の家事負担は見直されて、減っているかもしれません。それでも、小学校などの長期休みや、運動会などのお弁当、スポーツ少年少女たちの「お茶当番」など、子どもの食に関わる母親の課題は根強くあるように思います。ほかに、どんな悩みをよく聞きますか。
飯田 女の子ママからの声なんですけど、今、バレンタインデーって女子は友だちに配る「友チョコ」を大量に手作りするのがデフォルトらしいんです。小学校低学年だと一人で作れないのでお母さんが手伝うんですが、バレンタインの時期ってちょうど年度末に重なって忙しい方が多いんですよね。そういう時に、シェアダインを利用してスイーツの専門家に来てもらって、プライベートなお菓子教室みたいに楽しくチョコ作りができて助かった、というご意見をいただきました。
また、仕事を持つ方は、年末年始も忙しいですよね。そんななか、お節を一緒に作ってもらったことで、デパートなどで買ってきたお節料理とは違うお正月が迎えられてよかった、という声もありました。
──そう考えると、日本は行事が多いですよね。
飯田 そうなんですよ、考えてみると、ほぼ毎月何かしらの行事があるんです。しかも行事って、食と深い関係がありますよね。
前職のアナリスト時代は、共働きだったこともあって「気づかないふり」をしてスルーしていたことが多かったのですが、子どもが生まれてから、もし私がこういう行事をおろそかにし続けたら、うちの子どもは日本の伝統行事を知らないまま育つことになる……とある日気がついたんです。
核家族化が進み、「毎日の生活の中で母親から料理を教わる」という機会は減っていますが、プロの力を借りることで、料理を通して日本の伝統や行事を伝えるお手伝いもできればいいなと思っています。
──料理や家事の負担を母親が担うことが多い背景には、夫婦間での収入を比べると、世間的に女性の方が少ないケースが多いので「どちらかが仕事を減らすなら妻」という理由もあるのではないでしょうか。
飯田 子育て世帯のシェアダインの利用者のうち、男性利用者は2~3割います。自分が料理を手伝えないから、というケースもありますし、「自分も教えてもらいたい」という方もいるんですよ。
夫が「他人が料理する」のを反対するケースも
──それはすごく恵まれたケースですよね。実際は、「ご主人に反対されて頼めない」というケースの方が多いのではないでしょうか。
飯田 我が家も、まさにそうでした。反対まではしませんでしたが「え、来るの?」みたいな曇り顔をされて……。それがいまでは、料理家さんが来る日を夫の方が楽しみにしていて「このメニューおいしいね」「この味付けはどうなっているの」など、食卓のコミュニケーションも広がりました。シェアダインを頼んでから、ご主人の帰宅が早くなったというユーザーの声もあります。食事は本来、生存に必要なエネルギーや栄養素を補給するためのものだけでなく、家族や友人とのコミュニケーションやマナーを身につける場所なんです。
──母親が、時間がないなか義務感でイライラしながら作る料理では、食卓にコミュニケーションが生まれないかもしれませんね。
飯田 私自身、お料理がすごく苦手で、食事作りが作業化していました。忙しくて時間もなかったので、お弁当を買ってきたり、調理キットに頼ったりしていたのですが、そういう環境で育った子どもたちが大人になると、いずれ「手料理」という文化がなくなってしまうのではないかという危機感が次第に高まってきました。
今、私は月に2回サービスをお願いしているのですが、自分では思いつかなかったようなメニューやレシピを教えてもらうなかで、はじめて「料理って楽しい」と思えるようになりました。本来、料理はすごく豊かで文化的な営みで、誰かのために作る喜びや思いやりの気持ちを、未来の子どもたちに残していくのが私たちの責任だと感じています。
――子育て世帯以外にも利用が広がりそうですね。
飯田 シェアダインは利用者の8割が子育て世帯ですが、2割くらいは子どものいない共働きのDINKS世帯や、生活習慣病、糖尿病など、食に事情のあるユーザーです。子育てをしながら初期介護を同時に行っている方もいます。最近は「嚥下食」へのニーズも増えていますし、「妊活」「産後」などライフステージに応じたプランも人気が高まっています。
離れて暮らしているおじいちゃん・おばあちゃんにサービスを使ってほしいという要望もたくさんいただいています。高齢者世帯に向けては、食事を提供するだけでなく、コミュニケーションや見守りなど、さまざまな役割も果たせると考えていて、今後はこうした依頼者とサービス提供者が異なるケースにも対応できるようなしくみをつくっていけるよう力を注いでいきたいと思っています。
──将来の目標は?
飯田 まずは、料理スキルのシェアリングサービスを通して、子どもたちに家庭料理を伝えていくことが大きな目標です。ここまで共働きが当たり前な世の中になって、価値観もニーズも変わって来ているなか、今まで母親だけに任されていた家庭料理や食文化の継承を社会に解き放って、日本の伝統を次の世代の食卓に残していきたいと思います。
写真=鈴木七絵/文藝春秋