調子を上向きにさせた今回の塩撒きはこれまでと何が違ったのか
ところで本当に塩には効果があるのだろうか。というのも、カープの「清めの塩」は今に始まったことではないからである。1983年の『週刊ベースボール』には既に「ホームゲームのときの広島ベンチは真っ白。ベンチの両サイドに盛り塩、そしてロッカーからベンチへの出入り口にも盛り塩」と、試合がある時には常時塩が撒かれていることが紹介され、それも「いつ頃から始まったかはわからない」ということであった(※注3)。すなわち試合に勝とうが負けようが、エラーがあろうがなかろうが、常に塩は撒かれ盛られているのである。しかもこの83年シーズンは清めの塩の甲斐もなく、加藤英司、津田恒美、高橋慶彦、山崎隆造、山本浩二に衣笠祥雄……とケガ人や病人が続出した。こうしてみると、塩の効果というのは極めて疑わしいものとなる。
今回塩が撒かれた4月11日当日の試合もヤクルトに2−6で敗れ、失点に繋がるエラーも出た。やはり塩の効果は迷信なのでは……と思っていたところ、何とここからカープの調子がどんどん上向きになっていったのである。4月17日の巨人戦に勝利してから27日までに8連勝。特に塩が撒かれたマツダスタジアムでは6連勝を挙げた。開幕から塩撒き前(3月29日~4月10日)までのマツダでの勝率は.250、1試合あたりの失策数は1.75であった。これが塩撒き後(4月11日~25日)になるとマツダでの勝率.857、1試合あたりの失策数も0.43と飛躍的に向上する。一体これまでの塩と何が違うというのだろうか。
その理由を考えた時、ふと4月10日の涙が思い浮かんだ。人が怒りの涙や悔し涙を流す時、交感神経の働きが優位になり、腎臓のナトリウムの排出が抑制されて涙に含まれるナトリウムが多くなる。その結果、副交感神経が優位でナトリウム量が少ない喜びの涙や悲しみの涙に比べてしょっぱくなるという(※注4)。あの延長10回表、選手が、ファンが流した悔し涙は、さぞナトリウム量が多かったに違いない。この涙がマツダスタジアムの地に落ち、乾き、強力な塩となって清めの力を発揮しているのではないだろうか。
とはいえ、もう我々はあの涙は見たくない。ナトリウム量が少なく、芝生にも影響を与えないであろう嬉し涙を流せることを待ち望む日々である。
※注1:「日刊スポーツ」2016年2月2日
※注2:「スポーツニッポン」2014年10月11日
※注3:『週刊ベースボール』1983年12月5日号
※注4:WEB女性自身・2015年2月9日「『悔し涙はしょっぱく、悲しみの涙は甘い』専門家語る涙の効用」
参考文献:宮本常一『宮本常一著作集49 塩の民俗と生活』(未來社・2007)
田村勇『塩と日本人』(雄山閣・1999)
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