世の新刊書評欄では取り上げられない、5年前・10年前の傑作、あるいはスルーされてしまった傑作から、徹夜必至の面白本を、熱くお勧めします。

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『方壺園 ミステリ短篇傑作選』(陳舜臣 著)

 ミステリとしての見事さと歴史小説としての雄大さ。この二つを贅沢に詰め込んだのが陳舜臣の短編ミステリだ。

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『方壺園 ミステリ短篇傑作選』は陳舜臣が一九六〇年代に発表した選りすぐりの短編ミステリを九編収録したものである。一九六一年に『枯草の根』で江戸川乱歩賞を受賞しデビューした陳はキャリア初期である六〇年代、国内ミステリ史に刻まれる珠玉の作品を数多く残しているのだ。

 なかでも表題作は密室ミステリの傑作として名高い。晩唐の長安、「方壺園」という奇妙な建物で高名な詩人が殺害される。扉が固く閉ざされ、よじ登る事など不可能な高い壁に囲まれたこの建物に犯人はどうやって侵入できたのか。場面の一つ一つに、実は奇抜な密室トリックに繋がるヒントが隠れていた事が判明する解決編は圧巻だ。収録作では「梨の花」「紅蓮亭の狂女」などでも独創的なトリックメーカーとしての作者の顔を堪能することができる。

 壮大な歴史の流れ、特に波乱万丈のアジア史が短い紙数のなかに凝縮されている点にも驚かされる。出色なのはインドのムガル王朝四代皇帝の皇子フスラウの死を謎解き物語に仕立てた「獣心図」だろう。

 本作では宮殿内で起きた殺人事件の犯人当てが主題となるのだが、謎解きの倍以上の分量と熱量を費やしてムガル王朝の歴史が語られている。実はこの歴史こそが犯人像を理解する上で重要な役割を果たすのだ。最後に明かされる犯人の姿に、あなたは諸行無常の響きを感じ取ることだろう。陳舜臣の短編ミステリは、壮大な歴史の流れを見渡すための覗き穴でもあるのだ。(踏)

方壷園 (ちくま文庫)

陳 舜臣

筑摩書房

2018年11月9日 発売