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連載『めちゃイケ』、その青春の光と影

テレビで初めてブストークが面白くなった瞬間

 そのやりとりは今見ても絶対面白いはずです。たぶん、テレビの歴史で初めて、いわゆる自虐のブストークが面白くなった。オアシズの前の先輩って邦ちゃん(山田邦子)や久本(雅美)さんや野沢(直子)さんがテレビで活躍する女芸人の先駆ですけど、みなさん決して容姿をビジネスにはしていなかった。ミッチャン(清水ミチコ)だって、『夢で逢えたら』で「みどり」というブスキャラのコントはありましたけど、あくまでもコント上のキャラクターであって、本来の彼女はモノマネが主戦場ですよね。

 関西でいえば、吉本新喜劇での(島田)珠代さんや(山田)花子さんなんかの笑わせ方も、また意味合いが違う。オアシズのそれは、テレビでのクロストークで女子アナやアイドルみたいな“美しい敵キャラ”を作るひとつの“手法”というか……もちろん当時は深い考えもなく半分素人の強みもあったと思いますけど、とにかくその日の光浦たちはそれをやった。27年も前のエポックメイキングな瞬間だったと思います。その後、多くの後輩たちが当たり前のようにそれをなぞっていって、いわばフォーマットになった。今では友近さんとかAマッソとか別種の才能もたくさんいるし、そういう自虐の笑いが批判されることも多くなりましたけど、光浦靖子というお姉さんが敷いたレールはとてつもなく太かったんです。その後も彼女たちは「ブスだけど頭はいい」とか「ブスでも金は持ってる」とか「ブスなのに性欲が強い」とか(笑)、女芸人の生き方を笑いにつなげるフォーマットもいっぱいつくった。それもみんなが使ってきた。もう、発明ですよね。さすが大学出(笑)。

 ただ当時の僕はマンガみたいなブスだった光浦にだけ目を奪われて、目立たなかった大久保のことは『とぶくすり』に起用しなかったんです。奮起した大久保は何年も遅れて『めちゃイケ』に合流するんですけど、のちにウーマンオブザイヤーとかにもなって大ブレイクして……。こうやっていろいろしゃべってるけど全然見る目ないんです(笑)。

『とぶくすり』への出演が見送られた20年後の2013年、大久保は見事に「VOGUE JAPAN」のウーマン・オブ・ザ・イヤーを受賞。「でもなあ……『この右側の子、きっと売れるよね』ってプロデューサーいないでしょ?(笑)」。片岡は写真を見ながらずっと笑っていた ©フジテレビ