ある1人の認知症女性(当時85歳)が2013年12月、入所していた長野県安曇野市の特別養護老人ホームで急死した。この死を巡り、長野地裁松本支部で3月25日、日本中の介護現場が注目を寄せた判決が言い渡された。業務上過失致死罪に問われ、判決で罰金20万円の有罪を言い渡されたのは、山口けさえ被告(58)。この老人ホームに勤務する准看護師だ。入所女性と、准看護師の間に一体何があったのか――。
被告は仲間から信頼されるベテランだった
事件の舞台となった老人ホーム「あずみの里」は、松本市境に近い安曇野市内にあり、北アルプスを眺望できる立地にある。運営する社会福祉法人「協立福祉会」は県内の塩尻市などでも高齢者施設を展開。「あずみの里」を紹介するホームページでは「食事や入浴、排泄などで常に介護が必要な方をお世話します」「20人前後を1ユニットとして、生活の場であることを大切に、手と目が行き届いた介護をめざしています」「四季折々の行事や誕生会などのほか、ご家族との交流もさかんです」などとうたっている。
この「あずみの里」で勤務する山口被告はベテランの准看護師だ。高校3年在学中の1979年に資格を取得し、結婚や子育てによる9年間の休職期間を挟み、病院や特別養護老人ホームで計30年のキャリアを積んでいる。職場仲間は、山口被告の献身的な働きぶりに信頼を寄せてきたという。
事件の発端はおやつの配膳
一方、女性が入所したのは13年10月。入所前の71歳の時にアルツハイマー型認知症と診断され、80歳の時には自宅の2階の窓から転落して外傷性くも膜下出血などを負ったこともあったという。
女性は「あずみの里」入所後、C棟で生活していた。同棟の定員は27人。担当するのは、8人の介護職員と1人の看護職員(山口被告)だった。もちろん、職員はローテーションを組んでおり、常時全員がいるわけではない。
女性に「異変」が起きたのは12月12日。この日の午後3時過ぎ、C棟入所者のうち17人が食堂に集められ、「おやつの時間」が始まった。勤務していたのは、2人の介護職員と山口被告。介護職員のうち1人は入所者らに出すお茶を入れており、もう1人は入所者の排泄ケアに手間取り、食堂に来られていなかった。おやつの配膳は通常は介護職員が行うが、人手が足りないと気づいた山口被告が「お手伝い」を申し出た。