「どうしたの?」。介護職員が走り寄った……
おやつは2種類あり、ドーナツとゼリーだった。山口被告は、自分で食事が可能な女性にドーナツを配膳した後、「全介助」が必要な隣席の男性にゼリーを食べさせ始めた。この際、山口被告は男性と女性の間に入り、女性に背を向ける格好になっていた。
ところが、しばらくして排泄ケアを終えて食堂に入ってきた介護職員が、女性がぐったりしているのに気づく。「どうしたの?」。介護職員が走り寄り、山口被告も振り返って女性の異変を悟った。とっさに女性の背中を何度も叩き、いったん女性を居室に連れて行って心臓マッサージなどを繰り返したが、意識は戻らず、病院に搬送される。
女性はそのまま翌年1月16日に亡くなった。死亡診断書には直接の死因が「低酸素脳症」、その原因が「来院時心肺停止」と記されたが、具体的な理由は明らかにならなかった。
准看護師は刑事裁判の被告に
女性はなぜ急死したのか――。「不審死」として警察の捜査が進められ、最終的に長野地検は女性がドーナツをのどに詰まらせて窒息死したと判断した。業務上の注意義務を怠ったとして山口被告を起訴し、山口被告は刑事裁判の被告として裁かれることになる。15年4月に始まった裁判で山口被告は無罪を主張。約4年の裁判を経て、山口被告に有罪が言い渡された。量刑は検察の求刑通りだった。
法廷で紫色のハンカチを両手で握りしめて言い渡しを聴いた山口被告は、うつむき、唇をかんだ。裁判所の外には、無罪判決を信じる支援者が300人超も集まったが、判決の一報を知らせる弁護士が玄関から現れ「不当判決」と書いた紙を掲げると、驚きと失望の声が上がった。
この裁判の争点は2つ。(1)女性の死因が「窒息死」だったのかどうか、(2)山口被告に「過失」があったのかどうか、だ。
(1)では、「ドーナツを詰まらせたことによる窒息死」と指摘する検察側の指摘に対し、弁護側は女性が同時に牛乳を飲んでいたことや、窒息死の前兆となる「むせり」「もがき」がなかった(あれば、女性に背を向けて男性を介助していた山口被告は当然気づいたとの主張)ことから、死因は脳梗塞や心筋梗塞の可能性があると反論した。
また、(2)で検察側は「女性は元々食べ物を口に詰め込む傾向があり、山口被告もそれを認識していた。(異変が起きた)約1週間前、介護職員らが集まる会議で女性へのおやつは、より柔らかいゼリー系にすると決まっていた」と主張した。