「たいせつなことは目に見えないんだよ」
とは『星の王子さま』でサン=テグジュペリが書いた言葉だけれど、これをビジュアル表現で示してくれるのが米田知子である。
新作が並ぶ個展「アルベール・カミュとの対話」を東京六本木のギャラリー、シュウゴアーツで開催中だ。
カミュの「生」が風景に溶け込んでいる
画面にずっと目を留めて、その中でいつまでも逍遥していたい気分が続く。米田知子作品の前に立つと、いつもそんな特別な力が働いていることを感じる。
今展で観られるどの作品にしたってそうだ。たとえば《絡まる − マルヌ会戦の塹壕跡に立つ木々》は、深く生える草地に築かれた細道の両側に、大樹が葉をたっぷり茂らせて立つ写真作品。カメラによって精細に写し取られた風景のディテール、要素が多そうに見えてじつはよく整理された画面の構図が、まずはひたすら美しい。
でも、それだけじゃない。じっと見ていると、写っている場所や事物が抱え持っていた歴史や記憶が、画面からにじみ出てくるかのよう。今作ではタイトルが示すように、撮影地はどうやら北フランスのマルヌである。第一次世界大戦の際にフランス軍とドイツ軍が衝突した土地。しかも写っているのはかつて塹壕があったところで、戦闘の最前線だった場所とのこと。
このマルヌが展名の「アルベール・カミュとの対話」とどうつながるのかといえば、20世紀フランスを代表する文学者アルベール・カミュの父親は、第一次世界大戦下のフランスで、従軍し命を落としているのである。
つまりはこの作品、カミュの生き方や作品に流れる思想、感情を、ひとつの風景のなかに溶け込まさんとしているのだ。作品の裏側に詰め込まれた歴史や記憶にいったん気づいてしまえば、観る側の視線と心はそこから離れがたくなってしまう。それで観者の視線はいつまでも、いつまでも画面上をさ迷い続ける。