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ドイツに70年代に移住した日本人アーティストが描く「ここではないどこか」とは

アートな土曜日

2019/03/23

 つくり手の生み出した世界に浸り切って、「ここではないどこか」としか呼べない空間で、しばし遊ぶことができる――。それが展覧会の醍醐味だとすれば、国立新美術館で開催中の「イケムラレイコ 土と星 Our Planet」展は、いま最も展覧会のおもしろさを味わえる空間といっていい。

イケムラレイコ《頭から生えた木》 2015 年 個人蔵

純真な少女や、黄泉の国を思わせる風景

 日本に生まれたイケムラレイコは1970年代にスペインへ渡り、スイスを経て、ドイツへと移り拠点を築き、創作活動を続けてきた。

 いつの時期も作品を生み出してきたけれど、何を用いてどんなものをつくるかは、そのときどきによってまったく異なる。油彩、水彩、彫刻、版画、写真、そして詩まで手がけ、モチーフもときに動物がたくさん現れたり、純真そうな少女や、黄泉の国もかくやと思わせる畏れに満ちた風景だったりもする。

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イケムラレイコ《うねりの春》 2018年 作家蔵
イケムラレイコ《オーシャン lll》 2000/01年 ヒルティ美術財団

「イケムラじるし」とはなにか

 それでもどの作品にも、ひと目で「イケムラ作品だろう」と感じさせるところが必ずあるのは不思議だ。「イケムラじるし」となっている特長とは何かといえば、おそらくはどんなものにも捉われないスケールの大きさのようなもの。イケムラが生み出す人物像はいつも、どこのだれかを特定する手がかりがまったくない。彼女が描き出す風景もいつの時代の、どこの国・地域のそれか見当もつかない。

 作品と向かい合っていると、そんな細かいことを気にする必要は感じなくなってくる。イケムラは作品を生むときに、きっと地球全体で起こっていることを意識しているし、時間軸だって人類史全体、いや生命史を見渡して、描こうとする思いにぴったりのものを探している。それで作品に触れる側も、自分自身という個人を超えて、自我を忘れた境地に至れるのだ。