昭和34年(1959年)創刊の総合週刊誌「週刊文春」の紹介サイトです。最新号やバックナンバーから、いくつか記事を掲載していきます。各号の目次や定期購読のご案内も掲載しています。

令和こそ野球場へ行こう 元プロ野球選手による生観戦のすすめ

文春野球コラム ペナントレース2019

2019/05/02

 令和元年、あけましておめでとうございます。

昭和63年、7日間だけあったレアな昭和64年、平成元年生まれが同級生というまさに切り替わり世代に生まれた僕としては、非常に感慨深い。「何年生まれ?」と聞かれた時に、「昭和63年です」と答えれば、「あ〜じゃあ早生まれが元年?」という会話をもう定型文でコピペできるくらい繰り返してきた僕たちからすれば、31歳年下の後輩たちも、同じような会話を繰り返すことでしょう。今から30年くらい経った時に、「おっ、君は元年生まれかね」と先輩風を吹かすのが楽しみで仕方がありません。

 さて、平成がどんな年だったかは今さら振り返るまでもありませんが、今回は「プロ野球を観戦する」という視点で考えてみようと思います。僕が初めてプロ野球を生で観たのが、確か平成11年。富山県にある、アルペンスタジアムで行われたオリックス対日本ハム戦。イチローを生で観れるチャンスとあって富山県中が盛り上がっていましたが、終盤に手首にデッドボールを受けて途中交代。94年開幕戦からの連続試合出場が763で途切れるまさに南無三な試合でした。

 これをきっかけにイチローが富山県のことを嫌いになるんじゃないかと不安になり、なぜか富山県民を代表して謝りたくなったのは僕だけじゃないはずです。とはいえ、プロ野球を生で観るというチャンスはかなり少なく、それは雲の上どころか、違う惑星から来た人を見る気分で、とっても楽しかったことをよく覚えています。毎日テレビで観る事ができたジャイアンツ戦も平成16年頃から大幅に縮小され、もしかすると平成20年生まれで今小学校5年生くらいの子どもたちは、ほとんど野球を観たことがないかもしれませんね。

平成の間に大きく変化した観戦スタイル

 プロ野球を観戦するスタイルにも、平成の31年の間に大きく変化しました。インターネットやスマートフォンの普及によって、いつでもどこでもプロ野球を観ることが可能になり、ライブ配信はもとより、録画をしなくても動画配信サイトで視聴が可能です。これにより、プロ野球を「観たい」人からすれば非常に便利になりましたし、以前のように別の惑星から来た人という感覚はかなり少なくなったはずです。これぞ、テクノロジーのなせる技。スポーツを含めたエンターテイメントは、より個人と繋がれる時代になりました。

 令和の時代は、テクノロジーの進化が指数関数的に進むと言われています。昨日までの速度よりも今日の方が速く進化し、前の年と同じ速度で進化することはありません。AIはスポーツの世界により密接に関わるようになり、観戦する側にも新しい世界が提供されるでしょう。

 選手の心拍数などの生体データが表示されるモニター、バッターと同じ映像を体験できるデバイス、デッドボールの痛みをリアルに再現されるスーツなどが開発され、いずれは乱闘にバーチャルで参加できるようになるかもしれません。そうなると、「あっ、一塁にいる梶谷の心拍数がさっきより20上がったから、盗塁のサイン出たんじゃないか」「筒香のデッドボール、こんなに痛いのに、よく試合出るよな」なんていうデータや実体験に基づいた野球観戦が可能となります。これはこれで、非常に興味深い。囲碁の世界でAIが人間を上回ったように、野球という複雑な動きが必要とされる世界でも、機械が人間を上回る日が来るかもしれません。

 そうなると、人間対人間の勝負を観戦するというスタイルと共に、最新鋭の機械に人間が挑戦するという別のスタイルも現れます。フィールド(プレイヤー)とスタンド(観客)の境界線は限りなく曖昧になり、機械に挑戦できるプレイヤーの機会は誰にでも与えられます。機械は毎年アップグレードされ、人間の修行や鍛錬といった概念では追いつかなくなくなり、機械と融合する人間も現れるでしょう。まさに、令和版ドーピング。機械を開発する側も白熱し、機械同士の試合が開催されるようになります。そして、その試合を人間が観戦する。一見SFのような話ですが、令和時代にこのようなことが起きても、不思議ではありません。なぜなら、平成10年にはこんな未来を想像することすらなかったのに、令和元年の今は割と明確に、細部のディテールまで想像することができているからです。