30歳を迎えた巨人の坂本勇人が充実のシーズンを送っている。

 開幕からセ・リーグ新記録となる36試合連続出塁を記録し、3・4月度の月間MVPも獲得した。5月31日現在で、打率3割3分8厘、17本塁打、37打点。守備の要である遊撃を守りながら打撃3部門でトップを狙える位置につけている。昨年までももちろん代えの利かない選手だったが、今年はさらに凄みを増していると言っていいだろう。

今シーズン、さらに凄みを増している坂本勇人 ©文藝春秋

「いい選手」の坂本が「すごい選手」に覚醒するまで

 先日、東京ドームにあるゲームを見に行った。仕事終わりに向かったため、試合開始に間に合わず、到着時にはすでに0−3とリードを許していた。その後、ゲームは膠着状態となり、両チームまったく点が入らない。特に見せ場がないまま、このまま淡々と試合が終了するのかな(ペナントレースではまったく珍しくない話だ)と思っていた。すると、最終回、坂本が反撃のソロを右翼席に叩きこんだ。結局そのまま試合は終わったが、客席を埋めたG党の間にもなんとなく「まあ坂本のホームランが見られたからいいか」という雰囲気が流れていたように感じた。以前、ビートたけしが「おいらたちのころなんて、巨人は負けたけど長嶋のエラーが見れたからいいか、王さんのホームランが見れたからいいかって。これが本当のスターだよ」という話をしていたが、今の坂本はそれに近いオーラを持ち始めている。

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 馬車を何台つなげても、蒸気機関車にはならない――。

 オーストリア出身の経済学者シュンペーターがイノベーションについて語った有名な言葉だが、これは個人の成長という局面でも同じことが言える。坂本に関していえば、2016年より前とそれ以降では明確に違う姿を見せてくれている。

 ドラフト1位で入団し、1年目から1軍の試合に出場。2年目から不動のレギュラーになった坂本にはいわゆる“下積み”の時代はない。もちろん原監督が言うところの「枢軸」であり、主力選手ではあったが、勝敗の責任を直接背負うような立場ではなかった。坂本がレギュラーに定着したころの巨人打線は充実期にあり、小笠原、ラミレス、高橋由伸、阿部らがひしめいていたからだ。もちろん様々な葛藤や乗り越えた壁もあったはずだが、毎日当たり前のようにゲームに出る中で、ある意味で「こなしていた」時期もあったように見えた。特に2013年から15年までの3年間は打率も3割を切り、「普通のいい選手」になってしまいつつあった。

 いい選手とすごい選手の境目に立たされていた坂本を奮起させたのは何か。この年のキャンプで松井秀喜氏から指導を受け、右足に重心を残す新打法を取り入れたことも、もちろん大きかっただろう。ただ、技術面以上に重要だったのは、「長男坊の自覚」。つまりチームを背負う意識ではないか。連覇はいつの間にか途切れ、絶対的な存在だった先輩たちも徐々に力を落とした。チームが過渡期に入る中で芽生えた自覚が、16年の覚醒につながったように思う。あくまで印象の話ではあるが、それまでの坂本の打撃はやや淡白さを感じさせることもあったが、このころからあっさりポップフライを打ちあげたり、気のない三振をしたりすることもほとんどなくなった。