最終的にどうやってうつのトンネルを抜けた?
貴志 その先生はどんな治療を?
田中 基本的には薬物療法で、処方された薬は、うつ病の初歩の治療薬です。でもそれは、一番最初の先生が出したのと同じ薬だったんです。
貴志 つまり、最初のお医者さんと同じ治療方針だったわけですね。なぜ受け入れられたんでしょう。
田中 最初の先生の処方では、薬の量をだんだん増やして、最終的には1日9錠飲むことになっていました。それで僕はこのままでは薬に依存してしまうと不信感を募らせたわけですが、3人目の先生は「田中さんの頑張れる分量で行きましょう」と言ってくれた。僕が2人医師を変えているので、たとえ正しい分量でも、無理矢理押しつけたら逃げてしまうだろうと予想したんでしょう。おかげで安心することができました。
貴志 最終的にうつのトンネルを抜けたのは……。
田中 『自分の「うつ」を治した精神科医の方法』という本に出会ったことが大きな助けになりました。アファメーション(肯定的自己暗示)というのですが、やり方は簡単で、僕の場合は朝起きたときに「僕は自分が好き」「自分はイケてる」と唱えるだけ。
貴志 それだけでいいんですか?
田中 貴志さんもご経験があると思いますが、サラリーマンはノルマがあるでしょう?
貴志 ありましたね。私は保険会社に務めていましたがノルマが厳しかったです。年間のノルマで「年責」という言葉があるのですが、パッと見「年貢」に見えるんです(笑)。これが達成できるのとできないのでは天と地ほどの差があって、営業担当にはすごいプレシャーだったようです。
田中 営業マン時代、月末に「今日3000万円売上ないと目標未達だ」と思って目覚めた日は、一日中気分が重かった。目覚めのときの気分が一日を支配することを経験的に知っていました。ならば逆のことをすれば一日を気持ち良く過ごせるはずだ、という理屈がすんなり理解できた。始めて3週間で気分が上向いてきました。
貴志 それはかなり短期間ですね。
田中 最終的にはその会社で肩たたきに合うのですが、アファメーションの効果もあり「よし、自分に合った仕事を探そう」と前向きな気持ちで退社できました。ただアファメーションは暗示の一種なので、万人に通用するわけではありません。自分で効果がある、と思うから効くという側面もあるんです。
写真=山元茂樹/文藝春秋
【#2】うつヌケ経験から分かった「なぜ5月は気分が落ち込んでしまうのか?」へ続く
たなか・けいいち/1962年大阪府生まれ。近畿大学法学部卒業。大学在学中の1983年小池一夫劇画村塾(神戸村塾)に第1期生として入学。翌84年、『ミスターカワード』で漫画家デビュー。86年開始の『ドクター秩父山』がアニメ化されるなどの人気を得る。大学卒業後は玩具メーカーに就職。主にパロディを題材とした同人誌も創作。最新刊は『若ゲのいたり ゲームクリエイターの青春』。
きし・ゆうすけ/1959年大阪府生まれ。京都大学卒業。96年『十三番目の人格 ISOLA』でデビュー。翌年『黒い家』で日本ホラー小説大賞を受賞、100万部を超えるベストセラーとなる。2005年『硝子のハンマー』で日本推理作家協会賞、08年『新世界より』で日本SF大賞、10年『悪の教典』で山田風太郎賞を受賞。その他の著書に『ダークゾーン』『雀蜂』『ミステリークロック』など。