春は、進学、就職、転勤、転職など何かと環境が変わりやすい季節。忙しい毎日で体調を崩しやすいのもはもちろん、五月病という言葉もあるように、心に変調をきたしやすい時期でもあります。現在うつの漫画家を主人公にした新作を構想中の貴志祐介さんが、『うつヌケ』の著者、田中圭一さんに、うつ病の体験、その抜け出し方、うつとの付き合い方について聞いてみました。【『うつヌケ』対談全2回/#2に続く】
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サラリーマンがうつ病になるとき
貴志 はじめまして。簡単に自己紹介をしますと、私の作風をご存じかどうかわかりませんが、とにかく人がたくさん死ぬので、PTAは推薦しないタイプの作品です。
田中 私もPTAには好かれないんです(笑)。
貴志 そんなことないんじゃないですか?
田中 『うつヌケ』はたまたま公序良俗に反していないだけで、他の漫画をご覧になったらきっと納得いただけると思います。
貴志 いま構想しているのが、うつ病の女性漫画家を主人公にした話で、ある種のサスペンスなんです。この主人公に対して悪意を持って、うつ病を悪化させるような人物がいるわけです。それでいざ資料を読み始めても、なかなか実態がわかりにくい。そのときに『うつヌケ』を拝読して、うつ病になる条件や病気からの抜け出し方など、実体験を踏まえて丁寧に描かれた漫画だと思いました。
田中 僕がうつ病になったのはサラリーマンをしていたときで、2004年~05年くらいだったと思います。
貴志 サラリーマンと同時に漫画家としても活動されていましたよね。
田中 月~金はサラリーマンをやって、土日に漫画を描いていました。365日働きづめだったんです。
貴志 働きすぎが原因でうつを患ったのでしょうか?
田中 いや、むしろ僕は仕事が好きでした。ただ、仕事で無理するうちに自分のことを嫌いになってしまったんです。それがうつの原因じゃないかと。
貴志 というと?
田中 順を追って説明しますね。玩具メーカーやゲーム会社で営業マンをしたあと、2001年に「ゲーム開発ツール」を作るベンチャー企業に、営業部長として招かれ転職しました。慣れない仕事でしたが、生来の生真面目さを発揮してがんばったため大きな成果が出てしまいました。
貴志 それはいいことのような気が……。
田中 逆にそれが僕を追い詰めていたんです。周りは「田中さんは出来る人だ」という目で見てきますが、たまたまうまく行っただけでそれ以降は全然成果がでない。そうすると、今度は周りから僕が手を抜いているんじゃないかと思われることになって……。自分では元々向いてない仕事だなあと思っていたんですが、「期待されているならがんばらなきゃ」と無理をしてしまったんです。