伊調が口にした「経験」という言葉の意味
3位決定戦では頭を整理して挑んだという伊調は、ベトナムの選手相手にフォール勝ち。準決勝での反省を生かし、どこか確認するような表情で試合をしていた伊調は、勝利後も笑顔はなかった。
この日、伊調は何度も「経験」という言葉を口にした。
「今回の収穫は全てです。海外遠征自体もそうですし、自分一人ではやっぱり、試合中に頭の中が真っ白になってしまうところがあったり、失点してから自分の中に弱い部分もありました。自分のいい流れを作るためには、練習を少し変えていかなければいけない部分もわかりました。これらすべてが経験だと思って、前向きに捉えたいと思います」
久しぶりの国際大会は苦い経験となった伊調。今まで、常に表彰台の一番高いところに立ち続けた彼女にとって、今回は見上げる立場になった悔しさは計り知れない。
ニコリともしない“あの伊調”が戻ってきた
思えば、かつて伊調はオリンピック以外の国内外の大会で、勝って喜びを表現することは一度もなかった。しかし昨年末の全日本選手権で復活優勝を果たしたときは、大きなガッツポーズで喜びを爆発させ、驚かされた。それまでの彼女は、試合終了後ニコリともせず、どこか思いつめた表情でマットを降り、会見ではいつも淡々と自己分析をし、口をつくのは反省の言葉ばかりだった。
確かに、長いブランクを埋めるには本人曰く「まだ練習が足りない」のかもしれない。ただ、今回の3位決定戦を終えた伊調の表情に“あの伊調馨”が戻ってきたように見えた。
この後、6月には大きな決戦が待ち構えている。東京オリンピック出場をかけて挑む世界選手権への切符を手にするための全日本選抜選手権だ。そこではまた、ライバルとなる川井とも対戦することになる。
今回のかつて直面したことのないような苦しい経験が、どんな糧となってこれから伊調を強くするのか。今までストイックに目指していた、完璧なレスリングへの執着を捨て、勝ちにこだわり泥臭く戦う伊調の姿を目にすることになるのだろうか。
「一からやり直したい」
そう話す、新生・伊調馨が楽しみである。