解決を望む多数の被害者も絶望させている
多くの被害者が韓国政府の補償に不満を持っているのは前述した通り。韓国政府はそうした声に対しては黙殺を続けている。ポスコや韓国政府と対峙してきたキム氏はこう語る。
「韓国政府は2000万ウォン(約200万円)支給で終わらせたと考えている。だから被害者補償についてはもう触れてくれるなという姿勢なのです」
徴用工判決後、韓国政府は日本側が提案した日韓基本条約の協議に応じなかった。日本政府は続けて「仲裁」要請も行ったが、これに対しても韓国政府が応じる見込みは薄いと報道されている。
こうした対応は、韓国政府が日韓基本条約を履行するうえで、議論できるほどの責任ある対応を取ってこなかったことを暗示している。日韓関係を破壊するだけではなく、解決を望む多数の被害者も絶望させているという意味で、その対応は二重に罪深いといえる。
5月13日、ソウル市中心部に聳えるソウルグローバルセンター前でシュプレヒコールを上げる集団がいた。
「財団は解散せよ! 学術発表はもういらない!」
デモを行っていたのは太平洋戦争の被害者や遺族達だった。
「そんな話は耳にタコができたわ!」
当日はソウルグローバルセンター内の会議室で、ポスコ財団の主催する「財団の役割と課題」というセミナーが開催されていた。講演者やパネリストとして名を連ねているのは大統領諮問委員や歴史研究者といった政府関係者や識者だった。チェ・ポンテ弁護士も識者として参加していた。傍聴席にはイ・ヒジャ氏の姿も見えた。
セミナーでは日本の戦争責任や歴史認識問題についての講演が淡々と続けられていた。
「そんな話は耳にタコができたわ!」
傍聴者の一人が怒声を上げた。理屈を捏ねたところで問題は何も解決しない、被害者は建設的な解決策を求めているんだという叫びだった。
「なんで財団は被害者を無視するんだ! こんな財団はいらない!」
批判の声が続く。
しかし、こうした悲痛な叫びに応えようとするパネリストや財団スタッフはいなかった。セミナーは型どおりに進行すると、静かに閉幕した。傍聴者の多くはやるせない表情を抱えたまま会場を後にした――。
徴用工裁判とは何か。韓国現地取材の中で浮かびあがってきたのは、反日思想に囚われた仕掛け人たちの姿と、被害者の声を無視し続ける韓国政府や企業の姿だった。
無情な真実を隠してしまおうとする煙幕、それが徴用工裁判の正体なのかもしれない。