高層ビルが林立するソウルの中心街・江南エリア。そこでも一際目を引く巨大ビルがある。世界的鉄鋼メーカーであるポスコ(POSCO)の中核施設であるポスコセンターだ。
ビルの前に鎮座する巨大な鋼鉄のオブジェを見上げながら深いため息をつく老婦人がいた。
「私たち何回、ここに足を運んだかわかりません。戦争被害者の犠牲の上に韓国経済は発展したということが忘れ去られているのではないか、と何度もポスコを相手に訴えてきました。ポスコはとても立派な会社です。その利益の一部分でも戦争被害者に渡すことを考えて欲しいのです」
こう語るのはキム・ジョンニム氏だ。彼女は父親を太平洋戦争で亡くした被害者遺族だ。戦後、一家の大黒柱を失った家族は苦労を重ねてきた。近代的なインテリジェントビルであるポスコセンターは、そんな彼女たちの来歴を覆い隠すかのように威風堂々と聳え建っていた。
「ポスコは責任を取って補償をする考えはあるのですか?」
ポスコ、旧名・浦項総合製鉄は日韓基本条約にともなう請求権資金などを注入して設立された“国策企業”だ。現在では年間売上高60兆ウォン(約6兆円)を誇る世界的鉄鋼企業に成長した。
「漢江の奇跡と呼ばれる韓国経済の高度成長は、この日本からの資金を流用して成し遂げられたものです。資金を得た企業は13にも上ります。主なところでは、ポスコを始め、韓国電力公社、韓国鉄道公社、韓国道路公団、ハナ(外換)銀行、KT、KT&G(タバコ公社)などがあり、いずれも韓国の経済基盤、インフラを支えた企業ばかりでした」(韓国人ジャーナリスト)
請求権資金を投入することで韓国は高度経済成長を遂げた一方、本来、補償金を手にするはずだった戦争被害者への対応は後回しとされた。
2012年2月25日、ポスコ株主総会でこの問題を鋭く追究した人物がいた。青瓦台前で「火曜日デモ」を行っている日帝被害者報償連合会・会長のキム・インソン氏だ。
キム氏は、株主総会でポスコ社長に向かってこう質問した。
「日帝に強制動員された私は、被害者遺族の一人です。日韓基本条約のときに強制動員被害者のために日本政府は3億ドルを韓国政府に出しています。そのお金をポスコが使った事実について、ポスコは責任を取って補償をする考えはあるのですか?」
請求権資金が被害者に渡らなかった現実について、ポスコの企業責任を問うたのだ。ポスコ側は「何らかの対策をする」とこのとき発言した。
この質問を契機として、2010年に被害者財団を設立すべく準備委員会が設置された。ポスコは請求権資金を受けて成長した企業だ。その資金は本来、戦争被害者が補償金として受取るはずだったものなので、利益の一部を被害者に還元すべきだとの意見も出された。ポスコも財団への出資を表明し、被害者を支援するものだと思われたのだ。