ところが道路開通後は、駅まで同じ徒歩7分であるはずの道が、物理的に「遠く」なってしまったのだ。広い道路を渡るには信号機のある横断歩道を渡らなくてはならない。ところが信号機のある個所はほんの数カ所。つまり道路を渡るのに道路沿いに大きく迂回をすることになる。こうした心理的要因は歩行者を妙に冷静にさせるようだ。それまで飲み屋に向かっていたであろうはずの足が冷静に駅へと向かい始めたのだ。
立ち退いた店の後にできるのは細長い賃貸マンションばかり
結果として道路の南側にもあった飲み屋やラーメン屋の多くが潰れることになった。私が足しげく通った立ち食い蕎麦屋も閉店。店主によれば客が3割以上減少して商売にならなくなったという。
立ち退いた店の後にできるのは細長い賃貸マンションばかりだ。間口の狭い賃貸マンションには街としての顔がない。人を惹きつけるような看板や提灯もない。道路の南側は急速に寂れた街に変容してしまったのだ。
いっぽう4丁目の北半分から駅にかけては相変わらずのにぎやかさだ。だがここにも変化の波が押し寄せている。マッカーサー道路の開通はデベロッパーにとってその沿道は垂涎の的。大手を中心に沿道の地上げ合戦がスタートした。価格は跳ね上がり、かねてよりの金融大緩和の追い風も受けて暴騰を続けた。目の前に札束をチラつかされた新橋オーナーたちの多くが、店をたたんでデベロッパーに土地を明け渡し始めたのだ。
エリア内の古い店舗が続々看板をたたみ始めている
新橋の零細店舗の多くは不動産を所有せず、大家から建物を借りているケースが多い。建物オーナーも最近の地価高騰と地上げを目論んで高値を提示するデベロッパーの流し目に負けて不動産を売り渡す事例が相次いでいる。
私のお気に入りだったリーズナブルで美味しい家族経営の寿司屋は昨年末に閉店。店主によれば建物を売ったので「出て行ってくれ」だったそうだ。その寿司屋のすぐ対面にあった、3000円も飲んだら酔いつぶれてしまうほど安い居酒屋も4月末で閉店した。
エリア内の古い店舗が続々看板をたたみ始めているのだ。おそらく周辺土地を買い増したデベロッパーが巨大なオフィスビルを建て、その地下に申し訳程度にチェーン店を誘致することだろう。六本木や大手町、日本橋の巨大ビルの地下のどこかで見たような看板の店だ。こ洒落ているけどなんとなくお高くとまって「おいしいでしょ」と迫ってくるような、新橋らしからぬ店が現れることだろう。そうそう食べログにいくつ星があるか、なんて言い合いながらお店にやってくるお客さんの顔も変わっていくのだろう。ああ、なんだかつまらない街に変貌していきそうな新橋。やっぱりそろそろ潮時だったのかも。