1ページ目から読む
2/3ページ目

強烈な下痢と大量の唾液は好ましい「効き目」だった

 考えてみてほしい。お医者さんへ行ってお薬をもらう。なにも効き目が感じられなかったら、医師と患者、どちらも満足感がえられない。残念ながら、昔は、からだに何らかの影響をおよぼす物質というのがあまり知られていなかった。だから、たとえ毒であっても、何らかの「効き目」があれば、お薬として使われたのではないだろうか。

 そんなアホな、納得できん!と、思われるかもしれない。しかし、なんといっても、病気がどのようにしておきるかがわかっていなかった時代である。どんな作用であろうが、それにあわせて、都合良く、どのようにして病気に効くかの理由を考え出せばすむ問題だ。それに、毒を以て毒を制す、などという便利な言葉もある。

 たとえば、トップバッターで紹介されている水銀、16世紀から19世紀には、塩化第一水銀であるカロメルという薬剤があった。カロメルを服用すると、強烈な下痢が引き起こされ、口からは狂犬病にかかったかのごとく大量の唾液が分泌される。いずれも体液がだだ漏れになるのだから、からだに悪い。しかし、当時は便秘が病気の原因であると考えられていたため、下痢はありがたい治療効果と見なされた。また、唾液の垂れ流しも、体の中にある毒素が排出される好ましい治療効果と解釈された。カロメルこそが毒なのに…。

ADVERTISEMENT

歯ぐずりの緩和剤として大人気だった〈ドクター・モフェットのティージナ・パウダー〉。カロメル(塩化第一水銀)入りのこの薬を、多くの親が幼児の歯茎に塗ってあげていた。

 水銀は、銀色に輝く性質が好まれたためか、それ以前から何100年もの間、万能薬として利用されてきた。秦の始皇帝は錬金術師の調合した水銀入りの「薬」を飲んだがために水銀中毒で亡くなった。エイブラハム・リンカーンも一時期は水銀中毒だった。梅毒患者は水銀の蒸し風呂に入れられた。どれもこれも気の毒すぎるエピソードだ。

水銀漬けだった頃のエイブラハム・リンカーン。便秘になってひどい頭痛に襲われると、彼はいつも水銀入りの丸薬を飲んでいたものの、残念ながらそのせいで症状は悪化していた。

 アヘンによる多幸感、アンチモンによる嘔吐、ストリキニーネによる神経症状、コカインによる興奮状態なども、毒物作用より、治療をもたらす好ましい効果と判断されたのだろう。アヘンやコカインは、患者も気持ちよかっただろうから、受け入れられやすかったような気がする。ただ、依存性があるので、後がとってもこわいのだけれど。

コカインの恐ろしさがまだ知られていなかった、のどかな時代に売られていた〈ロイドのコカイン入り歯痛薬〉。一箱わずか15セントで、「子供も使用可」とうたわれていた。

 薬の副作用がどのようなものかはちょっと想像しにくいかもしれない。しかし、第3部『器具』、第4部『動物』、第5部『神秘的な力』に紹介されている、瀉血、焼灼法、浣腸、ヒル(蛭です)、食人(!)、断食、電気などになってくると、おぼろげながらどれくらい怖いかがわかるだけに、いよいよ身の毛がよだってくる。