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人間にしか見えない「作品」もある

 リヤカーを引いて遊ぶ子。神社にも子供がちょこんと座っている。薪を置く倉庫では、お爺さん達が集まって談笑する。

 人間にしか見えない「作品」もある。集落の入口には、木に登った作業員のかかしを置いたが、ほとんどのドライバーが「工事をしている」と見間違う。

 畑仕事をする女性達、畑の老婆に道から話しかける老婆、休憩する老夫妻、自転車を止めてかかしを見る男性、座って川を眺める老爺……。

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綾野さんの隣家のお婆ちゃんは亡くなったが、分身のかかしが家を守っている

 実物をモデルにしたかかしもあり、夏期だけ都市から帰ってくる釣り名人は、孫と一緒に釣り具を持っている。

 綾野さんの隣家の玄関先には、亡くなった老婆に似せたかかしを座らせた。綾野さんに畑仕事を教えてくれるなど、仲良くしていた人だ。数年前に亡くなり、空き家になってしまったが、生前に「私の分身を作っておいてね」と頼まれた。まるで主を失った家を守っているかのように見える。

 2011年度に綾野さんの母校、名頃小学校が廃校になった。最後の児童は5年生2人だった。2人は自分に似せたかかしを作り、当時のままの教室に置いている。実際に勤務した校長や担任のかかしもある。

廃校で行う「かかしの里祭り」

 体育館では、40体ほどのかかしが阿波踊りをしている。廃校後、名頃では毎年10月の第1日曜日に集落を挙げて「かかしの里祭り」を行うようになった。これに合わせ、皆でテーマを決めてかかしを作るのだが、昨年は阿波踊りだった。それを体育館に展示している。

かかしが体育館いっぱいに阿波踊りをしていて寂しさを感じさせない

 廃園になった保育園は「かかし工房」になっている。ここで綾野さんがかかしを作っているほか、雪が降らない4~11月は毎月かかし教室を開く。

 こうして作られたかかしは計500体ほどにのぼる。そのうち約270体が名頃のあちこちに置かれている。

「かかし工房」の前を歩く人。動いているとびっくりする

アジア、欧州各国のメディアが取材に訪れた

 2014年にドイツ人が訪れ、名頃の集落や綾野さんのドキュメンタリー映像を撮影した。

 折しも日本の秘境に注目する外国人観光客が増えていた頃だ。

 これが呼び水となり、台湾、香港、シンガポール、フランス、インドネシアなどから、テレビやインターネットメディアが取材に訪れた。5月末にはイギリスの著名な司会者、ジェームズ・メイさんが訪れ、その映像がアマゾンの会員制番組で世界中に配信されるのだという。メイさんも自分に似せたかかしを作り、体育館の阿波踊りの中に置いて帰った。

 名頃が世界の秘境になっていった。