個人と個人の親密な関係性について、愛とか恋とか結婚だとかの古典的な枠組みを分解し、再定義を試みる作品がここのところ多く見られる。住野よるの作品も、その流れの中にあると感じる。「愛でも恋でもない」関係性がよく登場し、必ず通り一遍の「愛や恋」を越えた、唯一無二の境地に達する。三作目となる『よるのばけもの』は、夜になると全身を流動的な黒い粒で覆った化け物に変身する少年・安達と、彼のクラスメイトで周囲からいじめを受けている少女・矢野の交流が描かれている。

 いじめをテーマとする多くの作品では、よくいじめの被害者が際立ったキャラクターとして描かれる。いじめを受けてもおかしくないであろう存在として、読者を納得させるなんらかの特性が付与されるのだ。本作においても、いじめを受けている矢野はおそらく吃音症で、唐突に人を傷つけ、いつもにんまりと不気味に笑っている。安達を含めた他のクラスメイトは彼女を理解の出来ない異物として遠巻きにしている。

 ただ『よるのばけもの』のすごいところは、本当は矢野よりもよっぽど際立った化け物である安達を、いじめを傍観するその他大勢としてクラスに埋没させていることだ。昼の安達は「クラスにおける正しい行動」に縛られ、個を押し殺して過ごしている。安達と矢野、どちらが物語内の真の異形なのか問い続ける構造に強烈な魅力を感じた。

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 化け物になった安達と矢野は真夜中の学校で出会い、夜休みと称した穏やかな時間をまるで普通のクラスメイトみたいに過ごす。なぜ安達は化け物になったのか、どうして矢野はわざわざ嫌われるような行動を取ったのか。語られないまま、物語は進む。

 いじめの物語ではなかった、と読み終わったあとに清々しく胸を衝かれる。いじめが醸成される構造も柱の一つではあるが、主ではない。必死で空気を読んでその他大勢であり続けようとする少年と真夜中の化け物、どちらが本当の彼なのか。なぜ二つに引き裂かれたのかという問いかけが痛いくらいに鮮やかだ。地雷原、と作中で書かれた思春期の教室で、化け物的な側面を持たずに生きていける子がどれだけいるだろう。

 二つの顔が一つになったとき、少年は初めて、完全な個人として少女に出会う。彼らは恋人ではないし、おそらく友人でもない。理解者であり、共犯者であり、ただのクラスメイトだ。それなのに、あまりに眩くて尊い。あらゆる類型を越えて個人と個人が真摯に向き合う瞬間の幸福を描き出す、稀有な感性に圧倒された。

すみのよる/大阪府在住。高校時代より執筆活動を開始。2015年刊のデビュー作『君の膵臓をたべたい』が各所で激賞され、70万部を超えるベストセラーに。同作は2016年「本屋大賞」にもノミネートされた。他の著書に『また、同じ夢を見ていた』がある。

 

あやせまる/1986年生まれ。作家。2013年『あのひとは蜘蛛を潰せない』で単行本デビュー。他の著書に『やがて海へと届く』など。

よるのばけもの

住野 よる(著)

双葉社
2016年12月7日 発売

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