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新庄耕の小説『狭小邸宅』(2013年)は戸建て物件の営業マンを主人公とする物語だが、その冒頭に「その客、絶対ぶっ殺せよ」「はい、絶対殺します」とのやりとりがある。「客を落とす/買わせる」ことを「殺す」という職場であった。「下に甘い」と思われたくないどころか、「客に甘い」と思われてはならないのだ。
夜中の2時3時にも営業させられた
上記は小説の逸話であるが、すぐれた小説は予言的であるものだ。文字通り、顧客を殺害してしまいそうになるまで営業マンが追い詰められた事件が起きる。アパートの建築営業をおこなう大東建託の社員が、厳しいノルマに追われるあまり、架空契約に手を染め、それをめぐってトラブルになった顧客とその家族をハンマーで殴打する事件を起こす。
その営業マンは営業マンで上司から「コンビニ、警察、消防。二四時間やっているところがあるだろう」と指示され、夜中の2時3時にも営業させられていたのであった(参考書籍:三宅勝久『大東建託の内幕』2018年)。
パワハラはひとを正気でなくしてしまう。そして社員はもとより、客をも被害者にし、人生ごと壊すのである。パワハラ防止法には、企業と雇用関係にないフリーランスや就活者に対するハラスメントについても防止策を講じるよう付帯決議がついた。ゆるやかにだが、こうして社会は成熟していくのだろう。