大学生のとき『明石家電視台』の観覧席でちょっと見切れた
――子供の頃ってこうやって将来テレビに出るようになると思っていましたか?
全く思ってなかったですね。大学生の頃、関西ローカルの『(痛快!)明石家電視台』の観覧に行ってちょっと見切れて、「いえーい!」って言ってたくらいですから(笑)。
――観覧に行かれたんですね(笑)。あれ、結構お客さんの負担が大きい番組ですよね?
そう。でも“生さんまちゃん”が見れるということがすごく嬉しかったので。
――誰に似ているって出したんですか?(※観客が、自分が似ていると思っている有名人の名前を書いたフリップ「お名前ボード」を持ち、それを見たさんまが気になる「有名人」を指名するコーナーがあった)
ぼくは何でしたっけね。それこそ「マーク・パンサー」とかって書いた気がする。指されなかったですけど。一緒に行った友だちがサッカー選手に似ていたので、サッカー好きのさんまさんに指されてましたね。「わー! 指された、スゴいね!」と(笑)。「テレビの裏側ってこんなのなんだ、わー!」とか言って。
ぼく、テレビに出る大きな理由の一つとして、やっぱりテレビが好き過ぎて裏側を見てみたいというのがあるんです。台本はどこまであるのかとか、カンペはどうやって出すのかとか、どういうふうな段取りで撮るのかとか。そういった“潜入捜査”感がすごいんですよ。それに命を焦がしてここに爪痕を残してやるぞと思っている人からしてみると、すごい失礼な出方だと思うんですけど。もちろんぼくもそういう気概はないことはないですけど、それ以上に「『ダウンタウンDX』に出ている俺、すげー」という(笑)。「本当にカーテン、締まるんだ!」、「めっちゃ浜ちゃん(浜田雅功)、急かすな」とか。そういった裏側を見ることで夢が壊れたとは思わないし、中を見るのが楽しくって、いま出ている部分はありますね。でも、こんな出るとは思わなかったですけど。
――最初にテレビに出た番組はなんですか?
一番最初ってなんなんだろう? 『(クイズプレゼンバラエティー)Qさま!!』かな。
――クイズ回答者として?
そうですね。「京大の新星」として、新人枠で。
――オファーを受けたときの心境は?
「ゲストで出れるんだ!」と(笑)。「セットこうなっているんだ!」とか。「ガチでやるんだ」、「答え教えてもらえないんだ」。「めっちゃ楽しい!」と思いましたね。
ああ、でも最初はスゴいへこんだ気がします。答えられなかったし、面白いことも言えなくて。以前から何かで絡みがあった山里(亮太)さんが、「いいんだよ、それで」と言ってくれて気が楽になりました。
それでどちらが先だったか記憶が曖昧なんですけど、『musicる TV』というテレ朝の番組がスタートして、いきなりMCだったんです。最初はなんもできなかったですね。それもやっぱりへこんだんですけど、慣れって怖いですよね(笑)。面白いこと言えないのはそのままなんですけど、自分はこういう場では面白いことを言えない人間なんだって分かって、随分大人になりましたね。
――『久保みねヒャダこじらせナイト』ではキラーフレーズをバンバン残してるじゃないですか。
だから環境次第なんだと思って、テレビに関しては緊張もなくなってきました。