偽造手紙は「真似をされたセレブ本人よりも、さらに本人らしかった」
リー・イスラエルの偽造した手紙には二つの特徴があります。まずそこに書かれた文章が真似をされたセレブ本人よりも、さらに本人らしかったこと。伝記作家としての才能を持つリーは、著名人がそれぞれに持つ最大のチャームを微細に見出し、それを応用して、いかにもその人が書きそうな文章を作成しました。さらには内容も刺激的で興味をそそるものであったため、リーの偽造手紙に惹きつけられる好事家が多かったのです。
そしてもうひとつの特徴は、偽造家としては技術的に未熟であったこと。古いタイプライターを何台も購入したりはするものの、彼女は真似をするセレブたちの時代の紙質は、あまり真摯に追求しませんでした。そのため偽造対象の時代に流行ではなかった透かし模様の紙を使ったり、また著名人なら特注のレターセットを使用し上質な紙が使われていたはずなのに、リーは粗悪な紙で偽造したりしたためにまがい物と疑われたようです。
セクシャリティが同性愛者同士 純粋な友情がとても心地良い
映画は事実を基にしながらもとても脚本や演出が効果的で、オープニングはリーが不幸のどん底に落ちる絶望感が一気に描かれ鮮やかです。そして非常手段で手紙を売ったことから偽造手紙の作成を思いつき、それが成功して徐々に上り坂になっていく流れもとても快調。それと、この映画で重要なのはジャックとの友情です。本作はメリッサ・マッカーシーとリチャード・E・グラントの2人による、飄々としたやりとりが大半を占めます。それぞれセクシャリティが同性愛者ということもあって、面倒な感情が入り込む厄介さがなく、純粋な友情がとても心地良い関係です。リチャード・E・グラントの代表作といえば、『ウィズネイルと僕』(87年)。この作品も売れない青年俳優二人が同居する日常を描いた映画でした。友達というには、あまりに深く魂に立ち入った相棒というリチャード・E・グラントの立ち位置が、この2作は似ていると思います。
それと『ある女流作家の罪と罰』を観ていて思い出したのは、同じく偽造を描いたテレンス・スタンプ主演の映画『私家版』(96年)です。でもこちらはすさまじい本格派。ある復讐のために偽の稀覯本を作る男の話なのですが、戦前に発売された本を装うために紙やインク、糊までも同じ時代のものを入手する元手のかかり方。同じく偽造の過程を見せる映画で、偽札作りを粛々と行う男(ウィレム・デフォー)が登場する『L.A.大捜査線/狼たちの街』(85年)も、手間のかかる細かな作業が「偽造はとうてい、素人に真似できるものじゃないな~」と思わせます。どちらも映画として優れているので、『ある女流作家の罪と罰』と併せていかがでしょうか。