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「闇営業」めぐる泥縄対応を予言していた元・吉本興業“謝罪マスター”の教科書

「現実には、逃げれば逃げるほど追われるものだ」

2019/07/01
note

世間ばかりか先輩芸人たちも疑問を呈した

〈現実には、逃げれば逃げるほど追われるものだ〉(『よい謝罪』より)

 人はこういう事態で「『本当は自分のせいではなかったのではないか』などと正当化を図り、逃げ出して、できればなかったことにしたい」(『よい謝罪』より)という気持ちになることを、吉本興業もわかっていたはずだ。

 なのにきっちり調査する前に、ギャラは受け取っていないとして宮迫らの処分を厳重注意としてしまった。芸人たちを信じたい、関係各所に迷惑をかけたくない、損害を出したくないという気持ちが強かったのだろうが、初動対応のミスである。

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〈データや情報の収集において、嘘はなんの役にも立たない。迷惑なだけだ〉(『よい謝罪』より)

田村亮のツイート

 その後は、誰がどう見てもノーギャラとは思えない写真や映像に、世間ばかりか先輩芸人たちも疑問を呈し、「トカゲの尻尾切り」「稼ぎ頭の芸人はかばうのか」といった声が上がった。ギャラの授受を早々に全面否定し、調査せずに処分したことで、隠蔽というイメージが強くなってしまった。

当初は「お金を受け取っていなかった」と弁明していたロンドンブーツ1号2号の田村亮 ©getty

「もしかして?」という不安も心配も感じなかったのか

〈外に出していいものと、内部のみで共有すべきものとを区別しておかねばならない〉(『よい謝罪』より)

 公式文書の作成において、竹中氏は「徹底的に集めた情報を整理して内部向けのものを作り、そこからいくつかのポイントを端折って、外に出していいものを作り上げる」という段取りをとっていたという。

 吉本興業の出したご報告とお詫びの文章には、調査の詳細が見えてこなかったということもある。最初の処分後、複数回、個々の芸人を呼んで事情聴取したというが、そこでの内容が具体的に何も出てきていない。企業の不祥事であれば、調査方法や持っている情報、掴んだ事実を隠すことなく出していく姿勢が求められるものだ。しかし、吉本興業にはその姿勢が見えず、企業としての誠実さや信頼性に疑問符をつけたくなったことも事実だろう。

「気づけなかった自身の認識の甘さに反省しかございません」

 宮迫の謝罪コメントの中の一文だが、このコメントから本当に気づけなかったのか、という疑問が湧いてしまう。「この集団、このパーティ、ヤバイかも?」とは、これっぽっちも思わなかったのだろうか。気づけなかったではなく、気づこうとしなかったではないのか。出席していた誰1人、「もしかして?」という不安も心配も感じなかったのならば、その感覚の方が怖いかもしれない。