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居場所を失うかは自分次第……中日・吉見一起を支えるふたつの言葉

文春野球コラム ペナントレース2019

2019/07/07
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 今、吉見一起を支える言葉が2つある。

「1つは『未来の自分で今を生きる』で、もう1つが『ま、いっか』です」

 吉見は読書家だ。

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「去年のシーズン中、メンタルの本を読んだんです。新幹線の移動中も含め、もう何十回も読みました。その中に『未来の自分で今を生きる』という言葉がありまして。未来の自分はきっと成功している。だったら、その成功者は今、何をしているかと考える。つまり、しっかり準備をしようという話です」

 ただ、プロの世界には相手がいる。完璧な準備が結果に結びつかないこともある。

「その時は『ま、いっか』です。これはオフに読んだ自己啓発本にあった言葉で、反省も大切だけど、切り替えがより重要だと。若い頃は『なぜ打たれたんだろう』とか、『何でこんな雨の中で投げなあかんねん』とか、喜怒哀楽が激しかった。でも、今は全てを受け入れて、すぐに次の準備をしようと心掛けています」

 キャンプ前日。全体ミーティングで伊東勤ヘッドコーチが選手全員に訓示した。

「明日から戦う準備をしよう。やることをやってダメなら、仕方がない」

 吉見は驚いた。

「僕が大切にしようと思っていたことと伊東さんの言葉が見事に一致しました」

 キャンプは順調だった。しかし、3月、吉見の体に異変が生じた。

「実は阪神とのオープン戦に投げた頃から、体がしんどい、だるい、元に戻らないという状態になりました」

 ただ、ボールは元気だった。1軍で戦えるレベルにあったため、開幕ローテーションに入り、4月3日の広島戦では6回途中無失点と試合を作った。しかし、体調不良は続く。結局、その後の2試合で炎上し、4月22日に1軍登録を抹消された。

「病院で検査をして、コンディションを整えることを優先しました」

 しかし、負の連鎖は止まらない。

「今度は背中を痛めたんです」

 完治まで時間がかかり、2軍戦の登板は5月16日までずれ込んだ。ただ、それから5試合3勝1敗。防御率0.96。文句なしの結果を残した。

「体調不良も背筋痛も『ま、いっか』と思えました。とにかく2軍でいいピッチングをしよう。そのために準備をしよう。そして、いつ上に呼ばれてもいい状態にしよう。思考は常にそんな感じでした」

「未来の自分で今を生きる」「ま、いっか」という言葉に支えられている吉見一起 ©文藝春秋

「吉見を操る吉見」がすぐ後ろにいる感覚

 6月22日、1軍登録。相手はトヨタ自動車時代の1年先輩である日本ハム・金子弌大。吉見の憧れの存在だ。

「初めてこんなピッチャーになりたいと思った人です。球のキレ、センス、器用さ、まさに天才。投げ合えるのが楽しみで仕方なかったです」

 登板数日前には電話をした。前日にはグラウンドで挨拶をした。会話は短かったが、胸は高鳴った。しかし、当日、心境が変化した。

「もし、今日やらかすと、おそらく抹消。下には笠原(祥太郎)がいる。今年の使われ方を見ると、若手が優先。すると、1軍復帰は夏。最悪、このまま終わる。全然、楽しくない。緊張もする。でも、待て。少ないチャンスを手放すわけにはいかない。今日は野球人生の分岐点だ」

 腹をくくった。

「若い頃から自分より上だと思う投手と戦うことがパワーになり、集中力になりました。三浦(大輔)さん、内海(哲也)さん、マエケン(前田健太)。今回の金子さんもそうでした」

 集中力が極限に達した時、「吉見を操る吉見」が出現するという。

「変な表現ですが、ゲームのコントローラーを握る自分がすぐ後ろにいる感覚です」

 2対0と中日リードの4回表、2死1、2塁のピンチを迎えた。

「チラッとベンチを見ると、コーチが受話器を持っていました。ここで打たれたら、交代やと。バッターは清宮(幸太郎)君でした」

 最多勝2回を誇る右腕には18.44mの空間で感じるものがある。

「清宮君の第1打席の対応やスイング軌道を見て、僕の外から曲げるスライダーは絶対に打てないと思ったんです。だから、決め球まで取っておこうと」

 そこから竜の精密機械の逆算が始まる。

「内角は必ずボール。体を開かせるのが目的。そして、カウントはファウルで整えていく」

 カウント3-2からの7球目。コントローラーを握る吉見は外のスライダーを選択。背番号19はその通りに投げた。バットが空を切る。大歓声がナゴヤドームを包んだ。

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