オールスター明け、ファイターズの猛追が始まった。後半戦開始の時点で首位ソフトバンクに7ゲーム差と大きく水を開けられていたものが、ハム5連勝&ソフバン6連敗で何と2ゲーム差まで肉薄した。これまでのファン歴で何回同じ話をしたかわからないが、僕はこの「肉薄」という言葉がハムっぽくて大好きだ。「ハム肉薄」。得も言われぬ超うすぎり感がある。生ハムならば肉薄のあまりメロンが透けて見えるくらいでありたい。メロンとソフバンが透けて見える肉薄でありたい。
今季の売りだった「清宮幸太郎の本格化」とスランプ
今回取り上げたいのは清宮幸太郎だ。その「肉薄」のロッテ16回戦(7月20日札幌ドーム、4対0で勝利)で、清宮は6月21日の中日戦以来33打席ぶりとなるヒットを放ち、ヒーローインタビューに呼ばれた。まぁ、渡邉諒、宇佐見真吾に続く3人目の登場であったし、スコア3対0からの追加点タイムリーだから、激励の意味を込めてのお立ち台だったと思う。清宮は長いトンネルに入っていた。まるまる1か月というものまったく音無しだったのだ。
僕はこの間、清宮の姿に注目していた。清宮は故障明けだ。レアード移籍後、打線の核となることを期待されて臨んだ2年目のオープン戦で骨折してしまった。右手有鈎骨骨折。「清宮幸太郎の本格化」は今季、ファイターズの売りであったはずだが、大きく出遅れてしまう。清宮は手術をし、鎌ケ谷でリハビリに明け暮れる。
そして交流戦の時期、いささか急仕上げで戦列復帰したのだ。絶対的な練習量は不足していたと思う。ヤクルト村上宗隆との顔合わせ等、メディアは大いに盛り上げたけれど、僕はあんまり無茶させたくないなぁと思っていた。賭けてもいいが、右手が痛くないわけがない。そんな急に100パー元通りの状態に戻るなんてあり得ないのだ。これはチーム事情が関係していた。低迷するチームの雰囲気を変える必要があった。清宮は見切り発車で1軍に復帰する。
で、しばらくはそこそこ活躍していたのだ。清宮復帰は確かにチームをポジティブなムードに変えた。ただそれも一時のことで、やっぱり急仕上げのツケがまわってくる。急だろうが何だろうが、階段の数は一緒だ。一段一段しっかり踏みしめて上がるしかない。一段とばし二段とばしはあり得ないのだ。清宮のバッティングはおかしくなった。タイミングが取れない。間がなくて、身体の使い方が変に固い。ヒットがほしくて迎えにいく。そのうち粘りがなくなり、雑になった。あっさり三振して戻ってくる。ベンチにいても暗い表情をしている。完全なスランプだった。
ここが面白いところだ。常識的な判断なら即2軍行きだろう。栗山英樹監督はずっと1軍に置いた。僕はこのダメダメ清宮がどんな風にダメな時間を過ごすのか興味津々だった。チームのなかでどんな立ち位置になるのか。距離感になるのか。誰に助けを求めるのか。求めないのか。先輩、コーチ陣はどんなアプローチをするのか。本人はどんなアプローチをするのか。
清宮幸太郎という若きスラッガーのことも見えてくるし、チームの姿が見えてくるし、ファイターズの育成の実相が見えてくる。僕は東京住まいであいにく現場にそう顔は出せないんだが、できるかぎり情報を収集した。だって今季の売りだよ。野球ウォッチの最高に面白いところだ。
彼にはまだ「物語」がない
清宮幸太郎は不思議な存在なのだ。2017年ドラフトで「高校生最多タイの7球団競合(95年の福留孝介と並ぶ)」で交渉権を獲得したとき、僕は会う人会う人から祝福された。「おめでとう」「ハムは引きが強い」「大谷が出ていったと思ったら清宮が入ってくる」etc. 大谷翔平に匹敵するスター性を皆が見ていた。知名度はもちろん全国区。ただそれじゃ清宮のどの打席、どのホームランがすごかったかと尋ねると皆、実はイメージがない(!)。
高校3年時、甲子園に出ていないせいもあるだろう。高校通算111号のホームランも多くは練習試合で打ったものだ。では、プロ入りしてからあの打席、あのホームランといった「名場面」があったかというと、1年目はファーム暮らしが長く1軍は腕試しのようなものであり、2年目は骨折で出遅れてしまった。全国区の知名度を持つわりに「名場面」「名シーン」のない選手なのだ。
言い方を変えると、彼にはまだ「物語」がない。まわりがつくってくれたものならあるが、自分発ではない。一例を挙げよう。清宮は愛きょうのある風貌から「和製ベーブ・ルース」のイメージが託された。去年はわざわざ草薙球場で出番を与えられている。草薙球場は昭和9年の日米野球で沢村栄治とベーブ・ルースが対決した舞台だ(球場外に両選手の銅像がある)。その日、栗山監督は「今日を逃すと清宮幸太郎がベーブ・ルースに出会えない」とコメントしている。もちろん彼に「物語」をつくってやろうとしたのだ。
だけど、それが自分発かというとそうではない。清宮はまだ自分がどんな物語の主人公なのか提示していない。「和製ベーブ・ルース」に乗っかるのかどうかもわからない。で、僕はこのスランプが彼に自己像を確立させるきっかけになるんじゃないかと楽しみにしているのだ。