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元バニラビーンズ・レナ「便所飯をしていた女子高生が異色のアイドルになるまで」

レナさんインタビュー#1――アイドル戦国時代を振り返る

2019/07/07

「これ以上」を望まなかったバニビ

――ビジュアルイメージや「北欧から来た」という設定はすんなり受け入れました?

レナ 「何かになりたい」というのが根本的にないのですんなり入っていけました。私は芸能の世界で歌えていればよかったんです。ただ、ライブやリリースイベントは楽しかったけど、自分の実力のなさを痛感することにもなりました。もっと歌えると思っていたので。

――振り付けの動きが少ないのもバニビの特徴でした。

レナ 2ndシングル『ニコラ』の振り付け師は本来ならバリバリに踊る方だったんですけど、ほぼ素人の私たちはボックスすら踏めなくて。もっと振りがあったのに踊れないから削ぎ落としていって。それがバニビのスタイルになりました。「Winkみたい」と言われることはあったけど、振り付けの先生は「ヴォーギング」っていうダンスを意識していたみたいです。

 

――簡単な振りが進化していくアイドルグループもいますが、バニビはそうじゃなかったですよね。

レナ 私たちは「これ以上」を望まなかったんです。もっとステップを踏めるようになろうと思わなくて、その曲ごとの振り付けを完成させることがゴールになっていました。ボーカルもユニゾンで歌うことに納得していて。だから、個人の能力が伸びることもなかったんです。

――結果的にそれが個性になったと。

レナ 消極的な結果ですけどね(笑)。ただ、MCを頑張ろうという意識は高かったです。ライブで一体感を出せないならMCで一体感を出そうと方向転換して。それも自分たちじゃなくて他の出演アイドルの話をしていたんですよ。MCも盛り上がるし、主催者も喜んでくれるじゃないですか。