米大リーグがビデオ判定を始めて11年になる。2008年の導入時に本塁打か否かのみに限定されていたリプレー検証の対象は徐々に広がり、今やストライクとボールの判定以外のほとんどのプレーに適用される。

 そして今年、その最後の聖域が崩れようとしている。独立リーグのアトランティック・リーグ(ALPB)が大リーグ機構(MLB)の支援を受け、レーダーシステムによるストライク、ボールの判定を開始する。新システムは7月10日のオールスター戦で披露され、後半戦は各球場でも運用される。“ロボット球審”は野球に何をもたらすのか。

ロングアイランドの本拠地ベスページ・ボールパークに設置された「トラックマン」レーダーシステム

松井秀喜氏は「選手の立場としては納得がいくと思う」

 6月4日、ヤンキースの田中将大投手がブルージェイズ戦の五回に投げたほぼ真ん中への1球がボールと判定された。直後の球で本塁打を浴びると、球審を非難する動画付きの投稿がツイッターにアップされ、次々とリツイートされた。リーグ公式サイトの速報画面にはストライクゾーンを示す四角い枠があり、田中の1球は枠の真ん中低めに収まり「ボール」と表示された。こうなるとファンの反応が露骨になるのは理解できる。

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 ロボット球審が独立リーグで一定の成果を収めれば、次は大リーグ傘下のマイナー、そして大リーグで導入という流れになるだろう。ヤンキースのGM特別アドバイザーを務める松井秀喜氏は「すべて正確という前提で言うなら(機械判定は)ありがたい。選手の立場としては納得がいくと思う」と導入に賛成する。選手としてそれだけ判定の誤差を感じてきたのだろう。

かつてないアンパイア受難の時代

 一方、審判員は過去にない圧力の下、試合に臨んでいる。大リーグ、カブスの元ゼネラルマネジャー(GM)で現在ALPBロングアイランドのエド・リンチ投手コーチは「今の捕手は大変だ。球速100マイル(約160キロ)近い球を投げる特徴の違う4、5人の投手を1試合で受ける」と言ってから「捕手は来る球種が分かっていても大変。じゃあ球審はどうだと思う。人間の目であの球を追うのは大変なことだ」と続けた。

ALPBロングアイランドのエド・リンチ投手コーチ(写真中央)

 審判員を窮地に追い込むきっかけをつくったのはMLBだ。野球記者のハワード・ブライアントは、MLBが四角い枠付きの映像を使って球審の“正解率”を密かに収集し始めた経緯を著書「Juicing the Game」に記している。審判員は長年にわたって強い権限を維持し、気性の荒い監督、選手たちをグラウンドでコントロールしてきた。