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メジャーリーグを手玉に取った男、「イチローがイチローだった時代」の記憶

2019/03/27

 2002年から2004年にかけて、毎月とまでは言わないが、2か月に一度はシアトルに取材に行き、マリナーズの試合をよく見ていた。

 イチローに関していえば、「ビートライター」、日本語でいえば番記者の人たちがついていたので、私はイチローについての原稿を書いたことはなく、もっぱらアメリカの「ポップスター」、「スーパースター」を観察してばかりいた。

 いくつか、忘れがたいシーンがある。

 ひとつは、クラブハウスでの光景だ。

 イチローの打撃練習はいつも最初のグループで行われていたので、彼はクラブハウスに戻るのが早い。一度など、練習が終わると脱兎のごとくダグアウトに走り込んできて、颯爽と裏に姿を消した。

 私が取材でクラブハウスを覗くと、すでに自分の椅子に腰かけていて、日本から送られてきた雑誌を読んでいた。

 とても、熱心に。

©文藝春秋

 その佇まいがとても自然だったので、今でも印象に残っている。読んでいる雑誌が自分のことが書かれていた掲載誌のようだったので、

「あ、書かれていることをきちんと読む人なんだな」

 と思ったことを覚えている。

 なんとなく、自分もしっかりと野球のことを書かなければいけないと肝に銘じた。

 イチローはなんとも思っていないだろうが、こうして彼の佇まいというのは、間接的に人に影響を与えていく。

「イチと同じことをしようとしても無理」

 そういえば、メジャーに上がってきた選手がイチローを手本にして、じっと日々のルーティーンを観察していたことがあった。

「イチ(クラブハウスでのニックネーム)がどんなことをしているか見て、真似しようと思ってるんだ」

 イチローは昼過ぎには球場に到着して、身体のメンテナンスをしているという。その若手選手も自分なりのルーティーンを作ろうとしていた。数か月経ち、また彼に話を聞いたらこんな返事が返ってきた。

「イチと同じことをしようとしても無理。だって、毎日同じことをしていたら飽きちゃった」

 一時期、毎日カレーを食べてから球場に“出勤”することが話題になったが、イチローはルーティーンの天才だったと思う。

3月21日、東京ドームで行われた引退試合 ©文藝春秋

 毎日、同じ時間に同じことを繰り返して飽きることがない。例外を極力排除し、仕事に集中する環境を整える。

 受験や資格試験で成功した人たちからも同じような話をよく聞いたし、歌舞伎の坂東玉三郎から、「人って、いいことだと頭で理解していても、それをなかなか続けられないんですよ。淡々と続けることがいちばん大事なんじゃないかしら」と聞いた。

 成功するための条件はシンプルだが、普通の人が続けるのはむずかしい。