MLBがイチローに適応する必要に迫られた
こうして過去との「コネクター」の役割を果たしていたイチローだが、彼はまた、メジャーリーグにビッグデータ時代が到来し、大変革を迎えた時代に居合わせることになった。
数学、統計学の専門家が球団に雇用されるようになり、打者はデータによって丸裸にされ、極端な守備シフトが敷かれるようになった。
しかし、イチローはそんなデータを嘲笑う「技術」を持っていた。
今回の引退に関する記事の中で特に印象的だったのは、シアトル・タイムズのコラムニスト、ラリー・ストーン氏のコラムである。イチローの全盛期をこのように書く。
「イチローがMLBに適応するのではなく、MLBがイチローに適応する必要に迫られた」
そして、エンジェルスの遊撃手を務めていたデビッド・エクスタインがイチローについてこんなことを話していたと紹介する。
「最近のイチローの打球の傾向に合わせて守備位置を変えると、イチローは元々の守備位置のところに打ってくるんだよ」
2000年代を通じて、イチローはメジャーリーグを手玉に取っていた。
「頭を使わなくてもできてしまう野球に……」
引退会見で印象深かったのは、ビッグデータ時代について言及した次の言葉だった。
「2001年にアメリカに来てから、2019年現在の野球は、まったく違うものになりました。頭を使わなくてもできてしまう野球になりつつあるような。選手も現場にいる人たちもみんな感じていることだと思うんですけど、これがどう変化していくか。次の5年、10年、しばらくはこの流れは止まらないと思いますけど」
私なりの解釈を加えるなら、野球人たちがデータに支配されつつある現在、データを翻弄していたイチローの言葉は重いと思う。
1999年に会社を辞め、フリーランスになった私は、2001年から何も仕事がなければ、平日の午前中にメジャーリーグ中継を観るのが何よりの楽しみだった。
2003年から2004年にかけてのレッドソックスとヤンキースの激突、イチローの262、松坂大輔の移籍、松井秀喜のワールドシリーズMVPなど輝かしい10年間だったが、その中心にいたのは、いつもイチローだった。
51番が打席に立つたび、どれだけ胸を躍らせたことだろうか。
ひょっとして、あれだけ面白い時代はもう訪れないのではないかと、内心思っている。いや、恐れている。
存分に楽しませてもらったお礼を、いつか言えたらいいのにと思う。