世の新刊書評欄では取り上げられない、5年前・10年前の傑作、あるいはスルーされてしまった傑作から、徹夜必至の面白本を、熱くお勧めします。
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ひとことでは内容を表現し得ず、ひとつのジャンルにも収まりきらない……ということ自体がまさにアイデンティティであるような小説が、世の中には存在するものだ。野阿梓の大作『バベルの薫り』がそうであるように。
序章は、近未来の月世界コロニーを舞台として幕を開ける。主人公の姉川孤悲(こい)は、謎の組織「マホロバ」に属していた最強の霊能者。彼女の連れは、やはり霊能者の少年・林譲次だ。各国の思惑が交錯するこの序章の時点で、読者は本書を、著者の初期作品のようなSFエスピオナージュだと予想するだろう。
だが、舞台が地球に移ると、物語はSFというよりオカルト風味を帯びた伝奇小説の色彩を濃くしてゆく。物語の軸は二つ、国家の霊的危機に対処すべく日本政府から武力的全権を委任された孤悲と学園都市・井光(いひか)を統(す)べる美女・塔あけぼのの霊力と暴力と性的技巧の限りを尽くした闘争と、井光に潜入した譲次をめぐる学園ストーリーだ。極彩色のオリエンタリズムで覆われた物語には、国体と天皇制に関するディープな議論が盛り込まれ、凄絶なアクションが展開され、更には過激なポルノグラフィ的描写が読者を揺さぶる。それも、兄と妹、女と女、男と男といった組み合わせのサドマゾ的性愛が、ひたすら耽美かつ執拗に綴られるのだ。何もかもが過剰である。
そして、難解な単語とルビの多用を特色とする絢爛たる美文が、本作の過剰ぶりを更に加速させる。一九九一年に刊行された小説なので、背景となる近未来の世界情勢の描写は今読み返すと違和感を覚える部分もあるが、この美学的暴走によってこそ、本書は古びないものとなっていると感じる。