”狭いワンボックスカー”で雅子さまに会いに行かれた陛下
仮御所の裏扉から出てきた皇太子は軽装で、誰にも気付かれないように小豆(あずき)色のワンボックスカーの後部座席に素早く乗り込んだ。乗車したのは、皇太子ただひとりだけ。藤森長官は、天皇皇后両陛下に随行して、山形国体に行っていた。内舎人がハンドルを握り、静かに走り出した車の窓には目隠しがされていたが、赤坂御用地の門を出入りするときだけは、皇太子は毛布を被り身を隠された。ワンボックスカーの後ろには、ポロシャツに茶色のセーターという軽装の山下和夫東宮侍従長のベージュ色のマイカー、カペラが走っていた。
通常、皇太子の外出時には黒塗りのハイヤーが使われる。前後に皇宮警察の護衛と警視庁の警備担当が同行して、通過地域や地元の警察が周辺の警戒にあたるのだが、この日は警備関係に連絡をまったくしていない。異例中の異例だった。赤坂御用地で車の出入りがチェックされれば記録が残り、いずれマスコミに流れる可能性があるため、雑務などで使う小さなワンボックスカーが使われたのだった。まるでスパイ映画さながらだが、交通事故など予測がつかない事態に巻き込まれる危険性もないではなく、警備がいないところで何かあったら――、山下侍従長と内舎人は一日中、緊張が解けなかったことだろう。ご結婚に向けて、この日は重要と見定めたからこその決断だった。
皇太子が鴨場に到着すると、先に待っていた雅子さんと柳谷夫妻の一行が出迎えた。車を降りた皇太子は、にこやかだったという。雅子さんは、狭いワンボックスカーにまで乗り込まれて会いに来てくださった皇太子の熱意に、胸を打たれた。
陛下が望んだ「いっしょに歩を進めることができる女性」
二人は、前回の5年ぶりの再会のときよりも、打ち解けた様子だった。一行は目の前に広がる池を見ながら歩いた。雅子さんが後ろに少し下がると、皇太子は横に並んで歩くよう声を掛けられたそうだ。皇太子が望んだのは、一歩下がってついてくる女性であることより、楽しく会話をしながら、いっしょに歩を進めることができる女性だった。
左手に、明治時代に建てられた木造の食堂と談話室が見えてきた。ここで同行した人たちと別れて、皇太子と雅子さんは二人でそのまま池の周りの舗道を真っ直ぐに進んでいった。