そうか美術とは、心をかたちにする術なのだな。
通覧して、そんな思いにとらわれた。森美術館での「塩田千春展:魂がふるえる」展だ。1990年代から創作を続けてきたアーティストが、初期作品から最新作までを惜しげもなく観せてくれている。会場を訪れた者は、空間全体を使った大迫力のインスタレーションの中をいくつも通り抜けていくこととなる。そこで目にするのは展覧会タイトルの通り、表現に賭けてきたひとりの人間の「魂のふるえ」だ。そのふるえは伝播して、観る側の魂もけっこう激しくふるわせてくるので、少々ご注意を。
迫真のインスタレーションに身を包まれる
最初に遭遇する大型インスタレーションは、《不確かな旅》なる作品。大空間の隅々まで、無数の赤い糸が張り巡らされている。その糸の行き着く先は、いくつかの舟型のオブジェだ。赤い糸は剥き出しになった神経に見えたり、異様に発達した触角かとも思えたり、もしくは舟に乗り込んだ誰かの想念が宙空に伸びてかたちを成しているのかもしれない。「赤」という色自体に呑み込まれてしまうような、他ではなかなか味わえぬ体感に包まれる。
歩を進めると、こんどは「黒」の世界がやってくる。黒糸が同じように空間のほうぼうへ伸びており、そのなかに埋もれているのはピアノだった。しかも、なぜか焼け焦げている。《静けさの中で》である。こちらは音が物質となって、空へ伸びていっているようにも見える。ふと、耳を澄ませてみたくなる。しんとして実際の音は聴こえてこなかったけれど、これは音楽が視覚化されたものと考えれば得心する。