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「1行目を書いてみたら、硯(すずり)が喋った」直木賞受賞・大島真寿美さんインタビュー

『渦 妹背山婦女庭訓 魂結び』はどうやって生まれたのか

2019/07/19

――このたびは第161回直木賞受賞おめでとうございます。昨日の記者会見では「実感がない」とおっしゃっていましたが、一夜明けていかがですか。

大島真寿美(以下大島) ありがとうございます。まだ受賞したという実感はなくて、ただ忙しくなったという実感だけがあります。

――聞いたところによると今日、他社の編集者との打ち合わせを入れていたとか。受賞したらいろいろ忙しくなるのに、獲るとは思ってなかったということでしょうか。

大島 そうなんです、午前中に打ち合わせしてきました。だからこれ、めっちゃ普段着なの(笑)。

©山元茂樹/文藝春秋

 

通っている義太夫教室のみなさんも大盛り上がり

――受賞作『渦 妹背山婦女庭訓 魂結び』は江戸時代の浄瑠璃作者、近松半二の生涯を描いた作品。大島さんは浄瑠璃の豊竹呂太夫さんの義太夫教室に通っているそうですが、師匠に受賞の連絡は?

大島 電話をしたらちょうど授業中で、教室のみなさんも「わーっおめでとう」という感じになって。前の日から教室のみなさんとのメーリングリストで盛り上がっていたの。呂太夫師匠ももうどこかの新聞社に取材を受けたと言っていて、早いなって(笑)。

――大島さんの地元である名古屋の書店さんも盛り上がっていたようですね。

大島 そうそう、大盛り上がり。NSKって呼んでいる集まりがあるんですよ。名古屋書店員懇親会っていって、作家の人たちもたくさん参加していて。そこにも一瞬だけ電話して話せました。

――3月の刊行時にインタビューしたら、「書いている間、自分でもどうしたのかと思うくらい楽しかった」とおっしゃっていましたよね。偶然にも5月には国立劇場で「通し狂言 妹背山婦女庭訓」が上演されて、そこで呂太夫師匠のレクチャー&文楽鑑賞会も開催されていました。そんな思い入れのある作品で受賞するなんてすごくいい流れだな、って。

大島 だからまさに、私こそ「渦」に巻き込まれている感じです。5月の公演も本当に偶然でしたが、昨日今日と突然忙しくなって、クルクルーッと回っている感じ。

編集者のリクエストに「妹背山なら書けるかも」

――もともとは歌舞伎が好きで、数年前に担当者から「歌舞伎の話を書きませんか」といわれたのがきっかけだったんですよね? 

大島 はい。そう言われて「歌舞伎は好きだけれど小説で書くのは無理」と言ってる時に、歌舞伎の「妹背山婦女庭訓」を観る機会があって、その時にふと「妹背山なら書けるかも」と思ったんです。「妹背山」はもともと文楽の演目だということで文楽を観て、勉強して、或る程度溜め込んでから書き始めたらこういう話になりました。書き始めてからも史料は集め続けましたね。本当にちょっとずつうまく集まってくる感じで。