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2019/07/20

「きっぱり引退をした島田紳助氏とは違い、宮迫は会見で『引退』という言葉を否定しました。当時、紳助氏が周辺に語っていたのは『写真の人物にお世話になったのは事実で、過去のことでもウソはつけない。それが駄目だというなら引退しようと思った』という言葉でした。一方で宮迫らは『反社会的勢力とは知らなかった』と何回も主張し続けています。そう言いつづけているのは、芸能界への未練が強くあるからでしょう」(吉本興業関係者) 

 紳助氏はその後も一貫して芸能界への復帰を否定し続けている。その一方で、引退後も吉本興業とは円満な関係にある。紳助氏はいまも大崎洋会長や現役当時のマネージャーらと連絡を取り合う関係にあり、“友人”として付き合っているという。その“筋”の通し方が両者の違いだろう。 

金塊強奪事件犯との写真は「無理矢理連れていかれた」と弁明

 自分たちの関わった闇営業が全ての騒動の発火点でありながらも、記者会見では恩義ある会社に対しての批判を繰り広げた2人。宮迫は100万円受領について、「打ち上げ代を出してもらっただけだったと考えた。保身があったのだと思います」とウソをついた理由を説明した。彼らの説明を聞く限り、その全てにおいて認識の甘さがあったことは否めない。 

涙をこぼした田村亮 ©文藝春秋

 更に宮迫は会見において、『FRIDAY』に掲載された金塊強奪事件犯との写真について、「トイレで声かけられ、断ったが無理矢理連れていかれた。店員も止めに入った。証人もいる」という内容の釈明をした。 

「宮迫は一度、金は受取っていないと虚偽の説明をしているだけに額面通り受け取れないですね。『証言者がいる』と言っても、会見では証拠は何も提示されていません。また宮迫は仲間内で口裏を合わせようとしているのかな、と邪推した記者は多かったと思います。写真は店内のオープンスペースで撮影されていますし、宮迫も100%の決め顔をしている。そもそも金塊強奪したばかりの実行犯が、店内でそんなトラブルになりかねないことを起こすとは考えづらい。更なる明快な説明が求められるところです」(闇社会に詳しいベテラン記者) 

2人は深く頭を下げたが…… ©文藝春秋

 一方で脇の甘い芸人を育ててしまった吉本興業側にも一定の責任は残る。 

「吉本のやり方が、宮迫のような甘い認識の芸人を育ててしまった所はあります。これまで所属タレントとは口頭だけで契約を結ぶスタイルをとってきましたが、これらは一般企業では考えられない事。芸人達が大人、プロになりきれていないのも、契約書の問題がその一因になっているように思います」(芸能ジャーナリスト) 

 闇営業問題の余波はまだ続きそうだ——。 

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