現代のリアルな貧困の恐怖を描いた『東京難民』、人生崖っぷちのサラリーマンの転落の恐怖を描いた『Iターン』(ドラマ放送中)や、さまざまな怪談実話で読者を恐怖に陥らせる小説家・福澤徹三さんの“もっとも怖い体験”。
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文章で口を糊するようになってから、小説と並行して怪談実話を書いている。怪談実話とは取材に基づく怪異――すなわち超自然的な体験を記したものだが、私はそうした方面に中立的で、たとえば霊魂の有無について否定も肯定もしない。とはいえ、いまもって不可解な体験はいくつかある。なかでも総毛立つような戦慄を感じたのは、ある絵にまつわる体験である。何度も活字にしただけに、いまさら書くのは気がひけるが、もっとも怖い体験はなにかと訊かれれば、おなじ話を語らざるをえない。既読の方は、なにとぞご容赦願いたい。
小学校低学年の頃、従姉の家へ遊びにいったとき、漫画雑誌の付録かなにかで怪奇特集の別冊があった。当時からその手の本が好きだった私は夢中になって読み耽ったが、そのなかに小学校の用務員が描いたという幽霊の絵があった。用務員は夜勤の際に見まわっていた教室でそれと遭遇し、あとからスケッチしたらしい。子どもの眼にも稚拙な絵だったが、下手ななりに迫力はあった。幽霊はざんばら髪で眼を見開き、歯を剥きだしている。首にはなぜか穴があいて血が流れているのが印象に残った。
それから十数年が経ったある日の午後、実家でひとりテレビを観ていた。なにかおもしろい番組はないかとチャンネルを変えたら、昼のワイドショーで心霊特集をやっていた。番組の途中から観たせいで、そこに至るまでの経緯はさだかでないが、廃校となった小学校の前に女性がふたり立っていた。ひとりはレポーターで、もうひとりは霊能者だという化粧気のない中年の女性が立っていた。
「いまから問題の教室を霊視していただきます」
レポーターがそんなニュアンスのことをいって、ふたりは学校のなかへ入った。霊能者はどこに霊がいるのかわかるようで、先に立って歩いていく。生放送だから校内は陽射しで明るく、怪しい気配は感じられない。やがて霊能者はある教室に入った。廃校とあって教室のなかは机も椅子もなく、がらんとしている。どこに霊がいるのかというレポーターの質問に、霊能者は天井の隅を指さした。カメラはそこをアップにしたが、当然のようになにも映らない。レポーターはペンとスケッチブックを霊能者に渡して、いま見えているものを描くよう頼んだ。霊能者がすらすら描いていく絵を見て、幼い頃の記憶が蘇った。