ざんばらの髪、見開いた眼、歯を剥きだした口、そして……
ざんばらの髪、見開いた眼、歯を剥きだした口――これは従姉の家で見た幽霊の絵ではないか。そういえば、あの絵も小学校で用務員が見た幽霊をスケッチしたものだった。となると、あの話はほんとうだったのだと驚いたが、ちょっと待てよと思いなおした。あのとき見た幽霊の絵には、首に穴があいて血が流れていた。そこまで一致すればともかく、顔が似ているだけなら、ただの偶然だと思った。しかし霊能者は最後に、首の穴とそこから流れる血を描いたのである。
たちまち心臓が凍りつき、全身に鳥肌が立った。私の戦慄をよそにカメラは中継を終えてスタジオへ移った。スケッチくらいでは刺激が足りないのか、司会者やゲストはもちろん観客席の主婦たちもまったく怖がっていない。画面では心霊特集の続きがはじまったが、私は上の空だった。番組の途中で視聴者の女性からスタジオに電話があって、さっき霊能者が描いた幽霊が、亡くなった夫によく似ているといった。女性によれば、廃校となった小学校は戦時中、空襲による死傷者を運びこんでいた。彼女の夫も焼夷弾で首に大怪我をして、あの小学校の教室で亡くなったという。それを聞いてますます怖くなったが、スタジオはあいかわらず盛りあがらなかった。あの番組の視聴者がどのくらいいたのか知らないが、あれほどの恐怖を感じたのは全国で私ひとりだろう。
以上の体験を私は小説やエッセイに書き、対談やイベントでも口にした。するとその絵なら自分も見たというひとが何人もあらわれて、ついに書名が判明した。『わたしは幽霊を見た』(村松定孝著 少年少女講談社文庫)である。
古書店で入手してみると、あの絵はまさしくこの本に載っていたが、私の記憶にあるような漫画雑誌の別冊ではなかった。しかも絵を描いたのは青森県の医師、大高興さんだった。1952年、大高さんが下北半島むつ市の病院で目撃した幽霊のスケッチが、なぜ私の記憶では小学校の用務員が描いたことになったのか。この本を読んだおぼえはないものの、ただの記憶ちがいかと思った。しかし記憶ちがいだとすれば、ワイドショーで霊能者が描いた絵や、それを亡夫と称する女性はなんだったのか。以前ネットで調べたら、大高さんの絵に酷似した絵を霊能者が描くのをテレビで観たという書きこみがあった。霊能者は天井の隅を観て描いたとあるから、あの番組が実在したのはたしかだろう。また最近になって、高校生の頃に衝撃を受けたテレビ番組に、またしても大高さんがからんでいるのが判明した。こちらもやはり不可解な記憶の齟齬がある。前述の体験と同様、読者に意見を求めたいところだが、あいにく紙数が尽きた。
初出:オール読物 2013年8月号「極私的エッセイ 怖い!」より全文転載