以前小欄で、「歯痛だと思っていたら心筋梗塞だった」という記事を書きました。歯の痛みを感じる神経と心臓の痛みを感じる神経が、脊髄のところで合流するため、まれに脳が勘違いをして、心臓の異常を歯の痛みとして表現してしまうことがある――という内容の記事です。
今回も似た話ですが、でもちょっと違います。「歯にも心臓にも原因はないけれど、やっぱり歯が痛む」という症状。原因は分からなくても、ちゃんと診断名はあります。「非定型歯痛」というこの病気、やはり精神的なストレスが関与しているようです。
「歯が痛いのに異常なし」X線検査をしても見つからない原因
今回取り上げる「非定型歯痛」という病気には、「特発性歯痛」という別名がある。
この「特発性」という言葉、あまり一般的ではないし、日常生活で使われることはまずない。
しかし、医療の世界ではしばしば用いられる。「特発性高血圧」「特発性浮腫」「特発性肺線維症」などなど……。
特発性(とくはつせい)とは「原因が分からない」という意味。今回のテーマである非定型歯痛は、まさに原因不明の歯の痛みだ。
この病気になると、最初は「虫歯だ!」と考える。実際に歯が痛むのだから当然だ。
そこで歯医者さんに行って調べてもらうのだが、虫歯が見つからない。念のためX線検査をしても異常は見当たらない。でも歯は痛い。
そんな時に下される診断名が「非定型歯痛」なのだ。
悪化すると痛む範囲が歯から顔面に広がることも
東京都渋谷区にある片平歯科クリニックの片平治人院長に解説してもらう。
「歯に何らかの原因があって起きる痛みを“歯原性歯痛”と呼びますが、非定型歯痛はその反対。歯には原因がないのに歯が痛む“非歯原性歯痛”の代表的な病態です。特定の歯や部位に痛みを感じることもありますが、悪化すると痛む範囲が歯から顔面に広がることもあります」
痛みの強さは人それぞれ。鈍い痛みが続く人もいれば、耐えがたい激痛を訴える人もいる。中には数年単位の長きにわたって痛みと闘っているベテラン患者も少なくない。
非定型歯痛が引き起こされるメカニズムは、残念ながら不明な点が多い。それでも片平院長が、二つの有力な説を挙げてくれた。末梢性の神経障害性疼痛説と中枢神経の変調説だ。
「末梢の神経が障害された痛みとは、過去に経験した事故やケガ、帯状疱疹などが原因となる痛み。この時に傷付いた末梢の神経は、元のケガや病気が治った後も慢性痛が続いたり、“異痛症”といって、軽い刺激にも痛みを感じてしまう感覚異常になることがあり、それが歯痛となって現れるのです」