日々の生活の中で、「呼吸」を意識することは、あまりない。たまに野や山に行って深呼吸をし、「空気がおいしい!」などと感動したりすることはあっても、普段の呼吸に対して何か意見や感想を述べることはない。そのくせ、何かの拍子に思い通りの呼吸ができなくなると、人はほぼ確実にパニックになる。「どんなに不味い空気でも構わないから我に与えよ!」と悶え苦しむ。人間なんて勝手なものなのだ。
しかし、そんな呼吸にまつわるパニックを、精神的なストレスをきっかけに引き起こすことがある。今回は「過呼吸」に苦しむ人の物語です。
「会社は私を正当に評価していない」ストレスが爆発する日
大手企業の広報部に勤めるE子さん(27)。地方の名門女子高校から都内の名門大学に進み、現在の名門企業に入った。
容姿にも恵まれ、全力で彼女を愛してくれるやさしい恋人もいる。何の不満もなさそうな人生なのだが、彼女は大いに不満だった。
「会社は私を正当に評価していない」
自分のスキルに見合った仕事を希望するE子さんに対して、会社が用意する仕事は物足りない――と彼女は考える。
恋人の前で不満を吐露すると、彼は深く同情してくれる。
「わかってくれるのはこの人だけ」
会社への不満が二人の愛を育てていく。
そんな二人が、ある時ケンカをした。週末の夜、彼のマンションでのことだった。
彼もその日は疲れていたのだろう。いつものように会社での愚痴をこぼす彼女に向かって、つい強い口調でこう言ってしまったのだ。
「だってE子には実績がないんだろ? 文句を言う前に実績を作って、上司にでも会社にでも示せばいいんだよ」
やさしい彼には珍しい強気の発言だが、まあ正論でもある。
想定外の反論に、E子さんは激昂した。さらなる反論を試みるのだが、正論の前に言葉が浮かばない。
「ううっ……」
低く唸りながら拳を握り締めるE子さん。次第に呼吸が浅くなり、苦しくなってきた。
「ハアッ、ハアッ、ううっ……」
最初は演技かと思っていた彼も、ここで異変に気付く。
全身を硬直させて小刻みに震えるE子さん。細かく呼吸はしているが、酸素を取り込めていないのは明らかだった。