女房の気持ちを時に受け止め、時に受け流す
――がっぷり四つに組み合っていては駄目だと。
武田 合気道を知れば知るほど、発想の転換が起きるんです。それまでは、稼いで給料を持って帰れば立派な男だと思っていたんです。だから家庭でも俺は偉いんだと。でもね、冷静になって考えると、俺が仕事に命を懸けているように、彼女は家事に命を懸けているわけですよ。それを軽んじたら、そりゃあ怒るよなと。女房のそんな気持ちを時には受け止め、時には受け流す。それが大事なんですよ。
あとは、合気道をはじめてガリガリ君のアイスが旨く感じるようになりましたね。
――ガリガリ君、ですか。
武田 そう。夏なんて特にね、暑くて道場通いも地獄になってくるんですけど、帰り道にアイスのガリガリ君を食べると、もう至福です。「うめぇ~」って唸りますよ。ただそれは暑い中練習をして汗をかいたから、っていうんじゃないんです。
合気道の基本は「何が起きても驚かない」ということなんですけど、驚かないためにはいつも小さく驚くことが大事なんですって。小さく驚いていると大きい驚きを受け止めることができる。俺、これは名言だと思いましたよね。
――アイスの旨さにびっくりするということですか?
武田 そうです。驚くっていうのは、心を動かすということですね。綺麗なものを見たときは「綺麗だね」って、道で気持ちいい風が吹いたら「気持ちいいね」ってそのたびに感動すると。そういう小さな習慣を積み重ねることで、歳をとっても自分の感性を錆びつかせない。歳をとるのが怖くなくなりますよ。
――老後に2000万円が必要だと言われるなかで、老いることに不安を感じている人もいます。
武田 確かに老後資金は大切ですよ。ただ2000万円貯めて、使おうと思った手前で死んじゃったら、本当に悲惨な人生だよね。幸せっていうのは、得るもののなかにはないんですよ。得ようとする道のなかにある。
例えば合気道でいうと、おそらく私は合気道の奥義を掴むことは不可能です。でもどこで合気道の修行が終わるかというと、道場へ向かうところで死んだとしたら「俺の合気道は本物だった」という人生になるんじゃないかなあ、なんて考えるんですよ。何かを求めるなかに充実があるんであって、手に入れれば幸せになれる、なんていうものはこの世にはないんじゃないかな。だから一番幸せな人っていうのは、どこかを目指し続けて生きている人。そのことが最近手触りで分かってきました。
高倉健さんもね、いつまでも何かを目指し続けた方なんですよ。