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4年ぶりのお立ち台 ファイターズ・谷口雄也選手がたくさんの苦しみを乗り越えるまで

文春野球コラム ペナントレース2019

2019/08/06
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 新海誠監督の新作アニメーション映画「天気の子」を見た。雨のシーンが多い映画で、「僕も経験するまではそんなの嘘でしょ? って思ってたけど、実際は本当なんですよ、雨の日はやっぱりちょっと痛く感じる時もあって」という言葉を何回も思い出していた。ああ、この映画の世界なら、けがをして手術を経験した選手は相当大変だな。ストーリーを追いながら、ずっとそんなことをぼんやり考えていた。「天気の子」を見たその日の夜、そのことを私に教えてくれた選手は札幌ドームで決勝打を放ち4年ぶりのお立ち台に立っていた。谷口雄也選手、右膝の手術を乗り越えて9年目のシーズンを迎えている。

「愛工大名電から来ました、谷口雄也です、僕もゆうちゃんです」

 2010年のドラフト5位指名、そう、あの年のドラフトの主役は何といっても斎藤佑樹投手、佑ちゃんだった。なにかインパクト残したくてと、入団会見でこんな風に自己紹介した谷口選手だったが、ファンから「ゆうちゃん」と呼ばれることはなく、あっという間に別の呼び名が広まっていく。

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 はい、どうぞご一緒に……谷口きゅん❤ アイドル並みの愛くるしい表情と、ひたむきに野球に取り組む姿は光の速さでファンを増やしていった。見ていると「きゅんきゅんする」から、谷口きゅん。実は男性ファンもとても多い。1年目のオフに本人と呼び名について話しているインタビュー音源が残っているので、本当に早々に定着したニックネームだったことがわかる。

「谷口雄也です、僕もゆうちゃんです」 ©時事通信社

リハビリ中の印象的な言葉

「かわいすぎるスラッガー」として、野球の実力よりも先に全国的にも注目されたことは、谷口選手にとっては大きな発奮材料になった。2年目には一軍昇格、徐々に出場試合数も増えて、日本一になった2016年にはキャリアハイの83試合に出場し打率は.254、盗塁は7つ。初の猛打賞と苦手だった左投手からの安打もあった。前回優勝の時には試合数が足りなくて参加を許されなかった祝勝会のビールかけにも堂々と顔を見せた。谷口選手本人から以前、100試合出場、打率3割、10盗塁がひとまずの目標と聞いたことがあったので、それも来年にはクリアかと期待していた。でも、その頃、谷口選手の膝はもうとっくにサインを出し始めていた。

 もっと言えば、夏くらいから我慢しながらのプレーで、終盤は痛みに合わせて急に力が入らなくなって、がくっとバランスを崩すこともあったという。チームに勢いのある時にはその輪の中から離れたくない。そうなると痛みよりも気持ちの方が勝ってしまって「まだやれる」という暗示を自分で自分にかけてしまうのかもしれない。谷口選手はそのままオフを過ごし、アリゾナキャンプにも参加し、そして、ついに限界を迎える。

 診断を受けた時にはもう重傷で手術を免れることは出来なかった。右膝の前十字靭帯の手術が札幌で行われたのは、2017年のシーズン直前の3月。その年はほぼリハビリで終わった。そのリハビリ中の彼の言葉が印象的だった。

「出来ることが増えるのが楽しいんですよ」

 立てるようになる、歩けるようになる、少し走れるようになる。

「こうやって自分は成長したんだなと、子供の頃をやり直してるみたい」

 つらいことを明るく話す谷口選手は少し無理をしているようにも見えたけど、「野球スイッチ切ってるんで大丈夫です」ときゅんスマイルを見せてくれた。この時に、天気によって膝の痛みが変わるのだと聞いて、それから雨の日は時々その言葉を思い出していた。

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