石川はずっとベイスターズに、小さな光を灯し続けていた
あれは何年前だろう、今中学三年生の長男が、初めてハマスタで欲しがったグッズ。それは石川雄洋のリストバンドだった。その頃の石川は、試合に出たり出なかったり。「金城じゃなくて?」と母はしつこく聞いた。どうしてあの時あんなに雄洋のリストバンドを欲しがったんだろうか。「あの頃のベイスターズを見てるとさ、すごい選手がいないわけじゃん。めっちゃ打つ、めっちゃホームラン打つ、めっちゃ三振取るとか。ギータみたいなめっちゃ完璧ですごい選手を応援するのもいいけど、石川とかそういう選手を応援したかった。スターじゃないから応援したかった。みんなは大スターを応援するけど、俺だけは石川をちゃんと応援してるっていうのがかっこいいと思った」。中三野球部は言う。「ベイスターズが好きだから石川が好きだし、だから俺は今西森を応援してる」。
当時の私は、全部石川雄洋のせいにしてきた。石川がベイスターズを変えてくれたらという願いと、石川がベイスターズを変えてくれないからという恨み。光を、希望の片鱗を、何でもいいからもっと見せてくれと思っていた。
でも見せていた。石川はずっとベイスターズに、小さな光を灯し続けていた。みんなが去っていく中、火が消えないように、一人コツコツと番をして。それはいつしか大きな炎となり、誰もが息を飲んだ、チームの連敗を止めるあのホームランを東京ドームに叩き込み、走って走って恐れずベースに飛び込んで、1000本安打という栄冠を掴んだ。
「『俺の人生にも一度くらいこんなことがあってもいいだろう』と言ったのは昔藤波辰爾に初めて勝った時の長州力だけど、苦労した石川にも一度くらい優勝を味わってほしい。だから今年は2位3位じゃなく絶対リーグ制覇したい」。普段ホエールズのことばかりのライターをこんなにも熱くさせる。「浮遊しているようで、確かに存在感を発揮する。何色にでも染まりそうで、何色にも染まらない。そんな、不思議なオーラを纏った男です」苦楽を共にした元チームメイトをしてもまだその正体は分からない。「00年代の仇なんだよ。タケヒロが幸せになることで、00年代はただ負けただけじゃないんだと肯定したい。業のようなものなんだ」ベイスターズ敗北の語り部は、絞り出すように呟いた。
「練習では常に自分が一番下手だと思って、試合では自分が一番うまいと思って、のびのびとしたプレーをしていきたいと思います」。入団会見で、緊張の面持ちの石川雄洋が言う。それを有言実行して、手にしたコージーコーナーの小さなケーキ。昔はちょっとバカにしてた。コージーコーナーか、キルフェボンじゃないのかって。スポンジと生クリーム、凝ったり繕ったりせず、愚直にいつもそこにいて、ケーキ食べたぁって気持ちにさせてくれる。気づかなかった。今こんなにもコージーコーナーが愛おしい。石川雄洋が、愛おしい。
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