昭和34年(1959年)創刊の総合週刊誌「週刊文春」の紹介サイトです。最新号やバックナンバーから、いくつか記事を掲載していきます。各号の目次や定期購読のご案内も掲載しています。

2019/08/11

 怖さを乗り越えた村田の肉体は驚愕の進化を遂げていった。無数のデッドボールを食らい続け、気が付くと常人には計り知れない、「当たってもほとんど腫れない」ボディーになっていた。唯一、痛がっているのを見たのは、背中の肩甲骨付近に当たった時だった。全身でも比較的、太い骨も分厚い筋肉もない部分。「マッサージだったら気持ちの良いところなんだけどな」と悶絶していた。「大丈夫ですか?」と私が患部に触れようとしたら「触んな」と怒られたが、それ以外の部位だったらどこに受けても翌日はケロッとグラウンドに立っていた。

 松井秀喜も現役時代、ダメージの大きい背中の死球だけは回避し、肩や太ももといった体が強い側面で死球を受けるようにしていたという。村田も頭へのビーンボールは除き、上体を捕手の方に向けるような避け方は逆にリスクが増すことになるのを体で覚えていったのだ。今年のセ・リーグのホームラン王争いを突っ走る坂本は内角を得意としているだけでなく、内角の厳しい球への経験が豊富で、危ないボールへの身のこなしが軽い。やはり岡本がキングになるためには、避け方、当たり方を習得することもカギになる。

常に忘れることのない危機感

 当然、村田も激痛がないわけではなかった。単にそれを気合で凌駕していたわけでもなかった。常に忘れることのない危機感が傷ついた体を試合へといざなっていた。

「自分が試合に出ないということは誰かにチャンスを与え、ポジションを奪われることにつながる」。プロの厳しい生存競争の中、多少の痛みや体の違和感は絶対自ら口にしなかった。不動のレギュラーの座をつかんでからもその姿勢は不変だった。自ら出場機会を手放すことは決してせず、コンディションが万全でない中、歯を食いしばって、ちゃんと結果を出していた。もちろん、ケガを隠して本来のプレーができず、チームに迷惑をかけるようなことはあってはならないが、村田のような確固たる覚悟があるプレーヤーが、現在のジャイアンツにどれだけいるだろうか。個人より巨人だがシーズン中も熾烈なサバイバルがあるチームこそ、優勝に近づくに違いない。

 夏の甲子園の開幕に乗じ、高校野球のように当たっても塁に出ろというわけではないが、ここからは一戦一戦が優勝の命運を握る。まるでトーナメントのような明日なき戦いの中、時に危険をかえりみず、死球に顔をゆがめることなく一塁へと向かい、頭上をかすめるボールも意に介することなく一発を叩き込む。心身ともに不死身の男・村田二世の出現が待ち遠しい。

◆ ◆ ◆

※「文春野球コラム ペナントレース2019」実施中。コラムがおもしろいと思ったらオリジナルサイト http://bunshun.jp/articles/13125 でHITボタンを押してください。

この記事の写真(1枚)

HIT!

この記事を応援したい方は上のボールをクリック。詳細はこちらから。

ツイッターをフォローして最新記事をいち早く読もう

文春野球をフォロー